さっそく1957-1987
そんなわけで先日触れた『本格ミステリ・フラッシュバック 1957-1987』を参考に、名前は知っていたけどこれまで読んでいなかった有名作家を中心に、初読祭。
◆『仮題・中学殺人事件』(辻真先)
“この推理小説中に伏在する真犯人は、きみなんです。”
まるで畑からとりたてのジャガイモのような顔をした、おっとりした中学二年生・牧薩次と、同級生で文武両道のスーパー美少女・可能キリコは、ふとした縁から、有名なマンガ原作者の殺害事件に挑む事になる。容疑者はいずれも仕事上の関わりがあった当代きっての人気少女漫画家二人だが、キリコは快刀乱麻のごとくそのアリバイを打ち破った……のは、「ぼく」の書いている小説の話。
死者70人あまりを出した飛行機事故、唯一の生き残りである「ぼく」は、小説の出版に向けて準備を進めていたが、その周りでも謎めいた殺人事件が起こっており……冒頭で「作中作」と明言される作品の中での謎解きと、その作者の周囲で起きた事件の謎解きが交互に進められていくトリッキーな構成で、脚本家としても小説家としても、息の長い活躍で知られる著者の、長編ミステリデビュー作。
作中作パートはかなりざっくりした展開を「これはまだ作家未満の中学生が書いた小説です」という体裁でエクスキューズを与え、テンポ重視で軽快に進行。あとがきで作者自身が触れているように、少々アイデアを詰め込みすぎている感はありますが、終盤、そう持って行くのか……という辺りはなかなか面白かったです。
これを機会に、辻先生の作品も幾つか読んでみたいな、と。
なお、時刻表が出てきます(笑)
◆『枯れ草の根』(陳舜臣)
神戸海岸通りにある商業ビルの地階で中華食堂『桃源亭』を営む陶展文は、最近では店をすっかり弟子に任せ、悠々自適。趣味が高じて身につけた漢方の知識で医者の真似事をしているが、その患者の一人であり象棋仲間でもある老人が、殺害される。
神戸の華僑ネットワークを中心に、汚職疑惑のある地元の有名政治家、仕事にありつこうと東京からやってきたその甥、その男を追ってきた女、シンガポールからやってきた豪商、豪商と縁のある元銀行家、アメリカから来た観光旅行中の夫婦……様々な人物の主観が錯綜するミステリで、後に直木賞、日本推理作家協会賞を受賞する著者の、江戸川乱歩賞受賞作。
陳舜臣に関しては正確には初めてではなく、歴史小説を幾つか読んだ事あり。長らく歴史小説がメインだとばかり思っていたら、デビュー当初はミステリを書いていたと知って驚くもなんとなく手を出さずに居て、今回が初の陳ミステリ。
謎解きに関しては正直物足りない出来でしたが、品のある筆致で、それぞれ過去と思惑を抱えた登場人物を描き分けて興味を引く小説の巧さはさすがの一言。
併録の短篇は、いずれも今ひとつの出来。
◆『三度目ならばABC』(岡嶋二人)
織田貞夫と土佐美郷は、主婦向けのワイドショー内の一コーナーである再現ドラマの制作を請け負う弱小プロダクションの社員。局側のプロデューサーに押しつけられて、スキャンダラスで愛憎渦巻いていそうな事件を取材している内に、事件を自分なりに面白く解釈しようとする美郷の悪癖が暴走を開始し、それに振り回されながらなんとか仕事を進めようとする貞夫も、やがて事件の矛盾点を見過ごせなくなっていき……という形式を基本とする、コンビ探偵もの連作。
「関係ないなんてもんじゃないわ。金曜日のライフル魔こそ、ABC殺人事件よ」
また始まった、とぼくは溜息を吐いた。
美郷は、信じられないような頭脳構造を持っている。良く言えば、発想の自由度が高いということになるのかもしれないが、考え方がメチャクチャなのである。だいたいにおいて、ぼくはついていけない。
(「三度目ならばABC」)
再現ドラマのスタッフ、というのが一風変わった設定ですが、下世話な部分は局側のプロデューサーに任せ、語り手の貞夫を取引先の上役と同僚に振り回される苦労人にする事で、無関係な事件に首を突っ込んでいく探偵役の好感度を下げないようにしているのがまず巧妙。
また、あくまでも再現ドラマの為の取材をしているに過ぎない、という探偵役と事件との距離感が一貫しており、良くも悪くも謎解きはするが事件そのものには深く関わらない事で、総じてさっぱりとした読み味になっているのが、好みの分かれるところかとは思いますが、一つの特徴といえます。
局の取材名目とはいえ、事件の関係者がほいほい喋りすぎなところなどは気になりますが、その辺りは謎解きの為の情報提示として、割り切った作り。
ライフル魔は本当に『ABC殺人事件』と同じ発想なのか? なぜ不自然な場所から狙撃したのか? 実際に狙われていたのは誰なのか? と代わる代わる浮かび上がる謎が興味を引く表題作を始め、取材メモを読み返しながら誘拐事件と盗難事件の二つの謎を解く「七人の容疑者」、再現ドラマの撮影中に犯人役が被害者をうまく殺せない事に気付く「十番館の殺人」といった、探偵役の設定を活かしたトリッキーな構成は面白く、例外的に語り手が事件のある要素について小さな憤りを見せるのが印象的な「プールの底に花一輪」など、軽妙な語り口で粒ぞろいの短編集でした。
◆『女を逃すな』(都筑道夫)
酔いつぶれて目を覚ますと知らない家で知らない女から夫として扱われた上、恋人や近所の知人からも全くの別人として扱われて困惑する男の謎解き行を描く長編「やぶにらみの時計」に加え、8つの短編と対談などを収めた初期作品集。
「やぶにらみの時計」は、自分が自分以外の誰もから別人として扱われる不可思議な状況に陥るのが、いわゆる“奇妙な味わい”の作品に似た雰囲気を漂わせつつ、それをあくまで論理で解決しようと試みる所に推理小説としての面白みがあって道中はなかなか面白かったのですが、ラストで事件の背景が明らかになるに至って、んん……? となったのは、時代性の違い、通俗性を持ったエンタメとしての要素の変化、を感じたところ。
今読むと、「本格推理」というよりは「サスペンス」といった感じの作品が多かったですが、文章に散りばめられた洒落っ気が割と好みで、どれもなかなか面白く読めました。
どこか海外小説の雰囲気があるなと思ったら、著者は『EQMM』の編集長を務めた事がある他、海外小説の翻訳も手がけており、英米のミステリに慣れ親しんでいたとの事。
収録作でお気に入りは、二粒の黒真珠を巡る幻想譚「クレオパトラの眼」。これはもう完全に推理小説ではありませんでしたが、洒落た法螺話の一種として面白かったです。
◆『飛鳥高名作選』(飛鳥高)
山田風太郎や島田一男らと共に、戦後推理作家の第一陣に属する著者による、主に、昭和30年代に『宝石』誌上に掲載された作品を中心とした、短編集。
今回読んだ中では唯一、これまで名前も知らなかったのですが、兼業作家であり作品数はそれほど多くないものの短篇の名手として知られるとの事。
一気に読むとさすがにパターンが読めてきてしまうところはありましが、事件の中にロジカルな“謎解き”を盛り込むのにこだわると同時に、その解明の奥に物語の仕掛けをもう一つ用意しておく事で、事件に関わった人々の心理に光を当てる(またそれにより時に、事件の構造に影が差す)感情の機微の折り込みが絶妙で、渋い佳品揃いでした。
お気に入りは、「逃げる男」「暗い坂」といったあたり。