東映特撮に踊らされる駄目人間の日々のよしなし。 はてなダイアリーのサービス終了にともない、引っ越してきました。
旧ダイアリー保管用→ 〔ものかきの倉庫〕
特撮作品の感想は、順次こちらにHTML形式でまとめています→ 〔特撮感想まとめ部屋〕 (※移転しました)
HP→〔ものかきの荒野〕   Twitter→〔Twitter/gms02〕

春の読書スイッチ2

幻想・落語・審問

●『蘆屋家の崩壊』(津原泰水
 30を過ぎて定職に就かないでいる“おれ”は、ふとした縁で知り合い、互いに無類の豆腐好きな事がきっかけで意気投合した、その道では有名な怪奇小説作家、通称“伯爵”と共に、美味な豆腐があると聞けば日本各地に遠征しているのだが、その行く先々で奇妙な事件に巻き込まれ……
 きつねが憑くのを恐れる女、窓から覗く真っ赤な巨人、全身を蟲に寄生された男……<幽明志怪>シリーズと銘打たれた、幻想怪奇小説の短編集。
 ジャンルの境界線を攻めてみようシリーズで、どちらかといえば苦手分野にチャレンジしてみたのですが、意外と面白く読めたもの、あまりピンと来なかったもの、後を引く系の嫌なホラー、と色々。
 一つ良かったのは、語り手の“おれ”以外に、ある種の調停者としての“伯爵”が存在している事で、決して伯爵が何もかも事態を丸く収めてくれるわけではないのですが、少なくとも巻き込まれ体質である語り手しか居ない時に比べて、伯爵が居ると安心して読み進める事が出来ます(笑)
 ……だけに、伯爵不在だとホラー感が増しますが。
 とりあえずわかった事は、民俗学要素が濃いめだと、そういうものとして読めるので体感ホラー度が下がるが、そうでないとやはり苦手、という事。いやまあ、民俗学要素を下敷きにしつつぐいぐい来るホラーも沢山あるとは思いますが。今作はそういう点では、幻想寄りの作品多めで、助かりました。

●『落語魅捨理全集-坊主の愉しみ-』(山口雅也
 落語家の語り口調による落語の一席という体裁を取って、古典落語を題材にミステリのギミックを盛り込んだ、短編集。
 落語家が探偵役を務めたり、落語のネタを組み込んだ落語ミステリは例が幾つかありますが、今作の場合は、ミステリ要素を味付けに用いた、落語調ユーモア小説といった感じ。
 随所に差し込まれるメタ発言を含めて、本格ミステリっぽく謎を提示したり、本格ミステリ調の引きを作ったりはするものの、最終的な解決は論理や合理からは離れるパターンが多く、タイトルで「ミステリ」に「魅・捨・理」と当てている通りの作品なのですが、その離脱を落語のオチと重ねている作りで、ユーモア小説として、なかなか面白かったです。
 落語に全く詳しくないのですが、元になったネタがわかると、更に面白かったのかも。
 収録作品では、「猫屋敷呪詛の婿入り」がオチが綺麗に決まってお気に入り。

●『奇蹟審問官アーサー 神の手の不可能殺人』(柄刀一


 ――「私のような若輩は、奇蹟を審問する立場にはありません。便宜上、審問官という職名を使われることもありますが、あくまでも調査官なのです。正式な審問は、ローマ教皇に次ぐ権限を持つ奇蹟調査委員会・枢機卿会議で行います。私は、奇蹟的な出来事とされる審問事案を、聖なるものかどうかを問う場に乗せる前段階で、一般科学的な合理でもって仕分けるだけです」

 2年前、アルゼンチンの小村で起きた、“奇蹟”としか思えない出来事――その調査の為に村を訪れたバチカン列聖省の調査官アーサー・クレメンスは、折しも村で発生した、見えない何者かの手によるとしか思えない刺殺事件に合理的な説明を与えてみせる。
 この推理によって浮かび上がった容疑者が姿を消す中、村では続けて、2年前の奇蹟の場に居合わせた“選ばれた十二人”の一人が極めて不可解な状況で銃殺死体となって発見され……。

 のっけから、奇怪な妄想に支配された青年・見えない何かと争う男・透明なナイフ・炎上する死体・存在しない足跡、と満載の不可能興味を、これは序の口だ! と言わんばかりに解決すると、あり得ざる銃撃、密室での撲殺、消えた容疑者……と不可能犯罪が立て続けに放り込まれていく一方、2年前の出来事は本当に“奇蹟”であったのか、というアーサーの調査も並行して進められて過去と未来、二つの事件で興味を引く構成がまず秀逸。
 また、科学的知見を始め豊富な知識をベースに、不可思議な出来事に合理的説明が可能かどうかの推論を重ねていく事に長けると同時に、敬虔なカトリックの信徒である村人から一定の敬意を受け、人間的には非常に穏やかな好青年である探偵役に一風変わった特色をも与える「審問官」という職業設定が、良く出来ています。
 あくまで解放された場所でありながら、“奇蹟で知られる村”という設定が事件の舞台として一定の境界線を生じさせると共に、明るく開放的な気質の村/山間の封鎖的な村・敬虔なカトリックの信徒たち/村に伝わる伝統を遵守する村民、といった、南米アルゼンチンでで展開する物語が、如何にもな和風ミステリと、正反対ではないが少し位相をずらした舞台設定として見えるのも、面白いところ。
 そんなわけで、途中まではかなり楽しかったのですが、不可能犯罪に次ぐ不可能犯罪、2年前の奇蹟の調査、村を襲う自然の脅威、グノーシス主義者との神学談義……とあまりにもボリュームがありすぎて、いざ謎解きの段になってみると、謎や伏線が物量に埋もれてしまい、一つのミステリとしては、もう少し刈り込まれていても良かったのではないかな、と。
 クイーンの系譜を意識したパズラーへのこだわりと、物語としての飛翔を両立させる意識の見える柄刀さんのスタイルそのものは好きなのですが、詰め込んだ要素が一つに収束して“凄い”となるよりは、重すぎて切れ味が鈍ってしまった印象となりました。
 好感の持てる主人公に、ミクロの謎解きと繋がるマクロなテーマ、真犯人についてはまんまと騙されましたし、方向性としては好き系統だったのですが、最終的に刺さってくる感じにならず、惜しい。