東映特撮に踊らされる駄目人間の日々のよしなし。 はてなダイアリーのサービス終了にともない、引っ越してきました。
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春のさっくり読書メモ

久方ぶりに読書が捗る

●『ダイヤル7をまわす時』(泡坂妻夫
 全7編収録のノン・シリーズ短編集。
 全体的に語り口が回りくどい感じがあって、そこがいまいちでしたが、「可愛い動機」「広重好み」「青泉さん」はなかなか面白かったです。特に「青泉さん」は、余韻の染みる佳作。

●『あなたには、殺せません』(石持浅海
 ――「そうですか。でしたら、やめておいた方がいいですね」
 人を殺そうと考えながらも、その決行を思い悩んでいる者が最後の駆け込み寺として相談に訪れるNPO。そこでは年齢不詳のビジネスマンのような相談員が、相談者に的確なアドバイスを与えて殺人の実行を思いとどまらせようとするのだが、果たして相談者たちの殺意の行方は……。
 どこか《腕貫探偵》シリーズ(西澤保彦)の腕貫さんを思わせる相談員は、恐らくオマージュかとは思うのですが、「殺人者からの相談」という特殊設定・「殺人方法の検討」を巡るディスカッション・「殺人者の話を平然と受け止める」特異な倫理観、と如何にも石持さんらしい構成要素が並ぶ、ひねた設定の連作短編集。
 殺人を考える者が相談に訪れる、という類似の発端から、如何に結末のバリエーションを生み出すかにこだわりが見える内容ですが、その為、雑誌掲載をまとめた短編集として仕方ない面はあるにしても、一編一編の開始後しばらくは、“同じような内容と説明”が数ページにわたって続くのは、短編集としてはだいぶマイナス。
 そこからの展開も半分以上は先を読めてしまいましたが、「夫の罪と妻の罪」は面白かったです。

●『ただし、無音に限り』(織守きょうや)
 霊の存在を視認できるが意思疎通は出来ず、霊の居る場所で眠る事により記憶の一部を共有する事ができるが見えるのは断片的な映像だけ……不自由な霊能力を持った私立探偵・天野春近が、ある資産家の死の真相と、失踪者捜しに挑むミステリ。
 推理小説の名探偵に憧れてはいるが卓抜した推理力を持つわけでもない主人公が、自身の特異体質から得たヒントを頼りに地道な捜査で奮闘する姿が柔らかいタッチで描かれ、作者の小説の巧さが光る中編2本でした。
 とある著名作品を、少しひねった形で取り込んだ……のかもしれないアイデアなどが、推理小説として味のあったところ。

●『模倣の殺意』(中町)
 午後七時――。坂井正夫は、死んだ。
 新進作家が青酸カリの中毒で死亡し、現場の状況などから警察は自殺と判断するが、死者の恋人・中川秋子と、交友のあった作家仲間・津久見伸助は、それぞれの理由から独自に事件を調査し始める……。
 1972年に発表された著者の長編デビュー作で、あるトリックのエポック的作品との事ですが、その分、今読むとトリックにさほどの面白みはなく、旅情・男女のもつれ・アリバイトリック、といった筋立ての濃厚な2時間サスペンス感にちょっと胸焼け(笑) また、フィクションの都合もあるのかとは思いますが、1970年代日本、友人知人を名乗ると病院や旅館で個人情報がポロポロと転がり出してくるのには、目眩がしてきます(笑)
 警察の捜査が雑なのも含めて、その辺りが時代背景としてはおかしくなかったのか、作者の技量的問題なのか、ちょっとメタなノイズになるので読み進めるのに一定の割り切りが必要でした。淡泊な筆致はある意味でトリックの目くらましにもなっていますが、新味さの減少を割り引くにしても、物語としてはあまり面白く感じられず。

●『サーチライトと誘蛾灯』(櫻田智也)
 昆虫マニアの青年・エリ(※魚+入)沢泉が、行く先々で出会った事件を鮮やかに解きほぐす、連作短編集。
 泡坂妻夫の《亜愛一郎》シリーズを意識して書いた事を著者が明言しており、「昆虫」を共通した要素に用いつつ、どこかピントのズレた探偵役の言行が、実は事件の真実にピタリとピントを当てていた、という作り。
 「事件の謎解き」というよりも「事件にまつわる人の心の謎解き」が中心に置かれ、粒ぞろいの出来でした。以前にアンソロジーで読んでいましたが、「火事と標本」は名品。

●『ヴァンプドッグは叫ばない』(市川憂人)
 5人組の現金強奪犯を追跡する為、捜査協力に駆り出されるマリアと漣。首尾良く強奪犯の足取りを掴んだのも束の間、強奪犯が向かったと思われる州都フェニックスではU国全土を揺るがしかねない大事件が発生していた。20年前に逮捕された連続殺人鬼『ヴァンプドッグ』の脱走と、その手口に酷似した殺人――。用意周到に市内に潜伏先を用意していた現金強奪グループだが、厳戒態勢の市内で身動きが取れなくなった上、隠れ家の中で仲間の1人が死体となって発見される。一方、市内でも更なる被害者が発見され……
 『ジェリーフィッシュは凍らない』から続く、現実とはちょっとだけズレた架空の1980年代U国を舞台とした、マリア&漣シリーズの第5弾。
 第1作が非常に良かった後、シリーズとしては右肩下がりの出来だったのですが……今回は面白かった!
 隠れ家で起きた殺人の手段と目的は?
 市内を騒がせる殺人事件の犯人は?
 いずれも『ヴァンプドッグ』を思わせる殺人は、殺人鬼自身の手によるのか、それとも模倣犯なのか?
 凝った叙述と「内」と「外」の分断が、幾つもの謎の織り成すサスペンスを効果的に盛り上げ、中盤にシリーズらしいアクロバットが盛り込まれた後も新たな謎が生まれながら、テンポ良く進行。
 謎解き小説としては、読者に対する情報の明かし方の点でフェアネスが弱いところはありましたが、本格ミステリ構造のサスペンスとしては出来が良く、真相解明におけるピースの使い切り方も鮮やか。
 難を言えば一点、全部それで片付けていいのか……という要素はありましたが、それをシリーズの引き要素にする事で問題はありつつも物語の中に収めてみせ、これまでよりも縦の連続性に強い意識の見えた今回、シリーズの転機の意図も見えたので、ここからどう展開していくのか楽しみです。