突発的読書メモ
いっこうに帰る様子のない男の髭面に目を向け、曖昧に頷く。
「Z80がなんであるかはわかったのですが……」
「なに。妖精のようなものと思ってくれていい。かつて活躍し、いまなお世界に遍在するZ80のすべてが俺だ。こう見えて、けっこう愛されてるんだぜ」
(「エターナル・レガシー」宮内悠介)
先日読んだ『彼女がエスパーだったころ』が面白かった宮内悠介の短編集『超動く家にて』を読み始めたのですが、その中に収録されていた「エターナル・レガシー」が、傑・作!
対コンピューター棋戦に敗れ、失意の日々を送る若手プロ棋士の「ぼく」の前にある日現れたのは、古くさいマイクロプロセッサの名を名乗る中年の男。その勢いに押し切られるようにして始まった奇妙な共同生活の中で、「ぼく」は再び囲碁と向かい合い……ちょっとぼんやりとしたところはあるが棋士としてひたむきに足掻こうとする「ぼく」、傍若無人なところはあるが陽気でどこか憎めない謎の妖精「Z80」、二人のやり取りがテンポ良く展開し、ある種の青春小説としての構造と、人とテクノロジーの在り方を描くSF的な視点が見事に繋がり、これは、傑作。
ここ数年で読んだ短篇の中では、ベスト1かも。
まだ短編集読んでいる途中なのに思わず叫んでしまいましたが、他には巻頭の「トランジスタ技術の圧縮」も、収納の利便性の為に雑誌『トランジスタ技術』の広告ページを取り除いて圧縮する作業が人気スポーツ化し、今は衰退した世界において、その最後の大会に臨む男たちの激突を描き、馬鹿馬鹿しい法螺話を大まじめに綴るナンセンスなユーモアがどこか原田宗典を、その顛末に敢えてベタベタの師弟ドラマの構造を持ち込む話法がどこか清水義範のパスティーシュを思わせて、融合と飛躍の面白い怪作でした。
……ここ数年、あまりに読書のジャンルが偏り気味なので、隣接ジャンルから徐々に手を伸ばす範囲を改めて広げてみようと思い立ちまして、ミステリもSFも書いている作家、として手を伸ばしてみた宮内悠介ですが、大収穫でありました。