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久方ぶりの読書メモ

ようやく読書スイッチが入った

●『メインテーマは殺人』(アンソニーホロヴィッツ
 児童文学のベストセラー作家でありTVドラマの脚本も手がけるわたし――アンソニーホロヴィッツ――は、かつてTVドラマの制作に関係して知り合った元刑事のホーソーンから、「自分の事を本にしないか」と持ちかけられる。実はホーソーンは、退職後もロンドン警視庁の顧問として仕事を請け負っており、通常の捜査では解決困難と思われるタイプの事件に捜査協力しているのだった。
 折しも、資産家の老婦人が葬儀屋を訪れて自身の葬儀の段取りを整えた当日に、何者かに殺害される事件が発生する。この奇妙な符合を気に懸けたロンドン警視庁ホーソーンを捜査に参加させ、新しい仕事へ挑戦する決意を固めたわたしは、ホーソーンに同行する事になるのであった……。
 ミステリの世界では、劇中の人物として作者自身の名前が探偵役や助手役で出てくるのは珍しくありませんが、今作の語り手であるアンソニーホロヴィッツは、《アレックス・ライダー》シリーズで大ヒットを飛ばし、『刑事フォイル』などの脚本を書いている、実際のホロヴィッツに極めて接近した人物として描かれており、現実を土台に“ホロヴィッツホロヴィッツを描く”事に興趣の一つを持たせた、メタフィクション的仕掛けの濃い長編ミステリ。
 人間的には決して好きとはいえない元刑事の口車に乗せられて、彼の捜査活動を読み物にしようとして七転八倒する語り手の奮戦と、フェアネスにこだわった端正な犯人当てミステリが見事に結びつき、これは面白かったです!
 探偵役のホーソンロンドン警視庁の“顧問探偵”であり、語り手のホロヴィッツはその捜査活動の記録者である、という基本的な役割は《シャーロック・ホームズ》の明確なオマージュですが、癖の強い探偵に振り回されながらワトソン役を務める事になったホロヴィッツが、現実にコナン・ドイル財団認定の《ホームズ》シリーズ公式新作を書いているというのがミソで、実在作品の名前などが散りばめられながら、至る所に遊び心満載。
 頭は切れるが強引で唯我独尊、他人の心情への配慮に欠け、元同僚からは軒並み嫌われている主人公ホーソーンの言行に、「私が一から創作するならこんな主人公には絶対にしないのに」と一度ならずわたしが愚痴る場面など、ニヤリとさせます。
 本邦の著名シリーズでいえば、「警察に協力している外部の探偵役」と「その心情に興味を持っている作家の語り手」の関係は《作家アリス》シリーズ(有栖川有栖)を彷彿とさせるところがありますが、火村とアリスと違い、ホーソーンホロヴィッツの間には、学生時代からの友情も相手に対する信頼関係も全くなく、互いの行動にしょっちゅう不満を抱きながら辛うじて保たれる凸凹コンビぶりの合間に、作家・脚本家業界の舞台裏などを交えながら、「ホーソンとは何者か?」を織り込んでいく筆致は実に巧み。
 キャリアのある人気作家という事もあってか、最初から全10冊のシリーズを想定しているとの事で、そもそもホーソーンはなぜホロヴィッツをパートナーに選んだのか? に始まるホーソーンを巡る数多くの長期的な謎と、資産家の老婦人を殺害したのは何者なのか? というエピソード単位の謎も巧妙に入り組み、そこに現代の作家小説らしく、劇中の著者がポリティカルコレクトネスの問題について言及するといったユーモアや批評性も手が込んでいて、作家の力量を感じる一作でした。
 難を言えば、犯人の造形にやや弱さがありましたが、同作者の『カササギ殺人事件』の時も同様に感じたので、作風ないし、英国ミステリの文脈があるのかもしれません。
 後、○○と見せかけて本質は○○○のパターンとか、レッドヘリング(目くらまし)がやや多すぎる傾向は気になりましたが、メタ構造を生かしたフェアネスの示し方――作中で、原稿を下読みしたホーソーンから第1章の描写に駄目出しが入る!――なども工夫があって面白く、楽しめた一作。

●『その裁きは死』(アンソニーホロヴィッツ
 離婚専門の弁護士が、裁判の相手方だった人気作家が口走った脅しと似た方法で殺害される。現場の壁には何故か、ペンキで大きく“182”と書かれており、ロンドン警視庁の要請で事件の捜査に乗り出したホーソーンと、引っ張り込まれたわたし――ホロヴィッツは、再びトラブル続きの捜査に乗り出す事に……。


 この時点で、わたしはすでに手がかりを三つ見のがし、二つ読みちがえていた。
 そして、さらに事態は悪化していく。

 といった言い回しが今回も実に冴える、ダニエル・ホーソーンシリーズ第2弾。
 人気作家ホロヴィッツが、実際の捜査に同行して記録した事件簿、という体裁のフィクションである今作、担当しているドラマの脚本に悩むホロヴィッツホーソンと共に事件を調べてかけずり回るホロヴィッツ、現実に近づいた虚構と完全なる虚構が入り混ざって生まれるメタミステリ的なユーモアが一つ持ち味ですが、それに加えて書き手の、現在進行形の心情と後から振り返った時の視点が適度にブレンドされ、それをミステリとしてのフェアネスやミスディレクションの仕掛けに用いているのも、上手いところ。
 ミステリとしては前作の方が好きでしたが、解散一歩手前のコンビ芸人みたいな探偵二人の今後がどうなっていくのかは、今後も興味の湧くシリーズ(現在、4作目まで刊行中)。
 一つ気になるのは、語り手のわたしが行く先々でやたらぞんざいに扱われがちなところで、“本業で一定の成功を収めている50代の中年男性”が、“本業以外のところで演じる不幸系主人公”にはそこまで面白さは感じないので、この先あまりエスカレートしないといいなと(笑)
 ……まあホロヴィッツが劇中でもてはやされるホロヴィッツを書いても好感度は上がらないので、道化になったり多少の酷い目に遭うのは織り込み済みではありましょうが。