エスパーとアンソロジー
●『彼女がエスパーだったころ』(宮内悠介)
「自分で自分の舵を取れない人は、いつだって、何度だって舵から手を離すよ。そして、どんなことにも手を染めようとする」
火の起こし方を覚えた猿、スプーンを曲げ続ける女、脳への施術による暴力衝動の除去……百匹目の猿、超能力、オーギトミーなど、いわゆる「疑似科学」的なものを題材に、科学と信仰の狭間へ踏み込んでいくSF短編集。
私があれこれ説明しようとするより、著者あとがきが非常に明解なのですが、
本書は連載時に「疑似科学シリーズ」と銘打っていた。
個々の短篇は、たとえばスプーン曲げといった、科学的とはいえない題材を主として扱っている。ただ、本書はそれがあるともないともいわず、あったとしてもなかったとしても読めるようにした。
暴くのは簡単だ。むしろそこには、なんらかの快楽さえ宿ることだろう。しかしこの快楽を、ぼくは排したかった。そうでなく、科学の知見を大切にしながら、かつまた、あの静かな空間を引き戻すことはできないか。ついでに、スプーン曲げがあるともないとも定まらない世界でミステリを成立させることは可能か。こうした一連の実験を、SFとして仕立てあげることは可能か?
といった内容。
収録短篇はいずれも、ルポライターのような存在と思われる「わたし」による取材記録の形を取っており、既に起きた“事件”の詳細が、関係者へのインタビューや語り手の回顧を通して徐々に明確になっていく構成。
直線的では無く、場面や時制があちこち飛び回りながらモザイク模様が一つの絵になっていく過程で読み手の興味を引きつつ、その構成そのものが、現実と非現実の境界をにじませる効果をあげており、小説として巧妙な出来。
出色だったのは、「水の心」を題材に、「ありがとう」といえば綺麗になる水の問題と、原発汚染を繋げて題材からの華麗な飛躍を遂げつつ、鮮やかな着地に辿り着く「水神計画」。短篇それぞれ、英語による副題が添えられているのですが、それが「Solaris of Words」というのも素晴らしかったです。
連作短篇としてもしっかりまとまり、面白い一冊でした。お薦め。
●『ザ・ベストミステリーズ2015』
●『ザ・ベストミステリーズ2018』
日本推理作家協会による、前年に発表された短篇の選集。年度は適当に選んで読みましたが、特に面白かったのは、以下。
『2015』
罪を犯し、刑務所から出てきた男が前科者を狙って恐喝を繰り返す若者たちに絡まれる中で、死刑制度のもたらすものを問う「死は朝、羽ばたく」(下村敦史)。
失踪した母親が最後に食べさせてくれた思い出のカレー、たまたま入ったカレー屋でその懐かしい味に再会した青年に、美人店主がその謎を鮮やかに解き明かす「カレーの女神様」(葉真中顕)。
勝負カンの枯渇を感じ、引退を決意したギャンブラーが、旧友の為に決死のロシアンルーレットに挑む「不可触」(両角長彦)。
『2018』
集合知によってネット上に誕生した推理AIの活動を描く「プロジェクト:シャーロック」(我孫子武丸)。
昆虫好きの青年が、旅館の店主の語りから過去に起きた心中事件の真実を解き明かす「火事と標本」(櫻田智也)。
「不可触」は、ギャンブラー半崎を主人公にしたシリーズの一編という事で、一冊にまとまった短編集『ハンザキ』も読んでみたい次第。