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混迷『イナズマン』

イナズマン』感想・第18話

◆第18話「友情のイナズマ落し!!」◆ (監督:山田稔 脚本:高久進
 団地の住人が怪物に襲われる場面を双眼鏡で目撃した少年が、たまたま出会った五郎と管理人と共にその空き部屋を調べると、室内には僅かな血痕が……というサスペンスでスタート。
 少年ジョージは偶然にも予知能力を持ったミュータントであり、多くの人が殺される未来を感知。
 その頃、大都撮影所では、殺された筈の女優が血まみれのナイフを振るって撮影現場を恐怖の渦に叩き込んでおり、ブレーキ行方不明の展開に飛び込むイナズマン
 「君は一度死んだ筈だ。それなのに生きている。何故なんだ?!」
 「私は新人類の殺人鬼として生まれ変わったのだ。ふふ、ふふふふふふ……」
 イナズマンにナイフをはたき落とされた女優は、逃げ出そうとした際にひっくり返した照明の下敷きになって力尽き、多少、身体能力はブーストされていたのかもしれませんが、ナイフを持った一般人程度を相手にジリジリとした対峙の末、照明に潰されそうになるのを見ているだけのイナズマンには、だいぶガッカリ。
 モブに厳しい70年代ではありますし、既に色々と手遅れ扱いではあったのでしょうが、血まみれの殺人劇と、その拡大を防いだとはいえ、犯人の自滅を見ているだけしかできないヒーローの姿は、どうにも露悪的に思えます。
 「この人も新人類の犠牲にされてしまったのか……」
 撮影所に駆けつけたのが渡五郎なら一連の経緯にまだ納得できたのですが、二段階変身を特色にしている割に、雑にイナズマンから登場しがちな今作前半からの問題点が完全に膿になっており、序盤に見えた〔渡五郎→サナギマン→イナズマン〕の段取りを踏む面白さがすっかり消失して、「痛めつけたい時の渡五郎」と「適当に場を収めたい時のイナズマン」になってしまっているのは、実に残念。
 「僕、本当はミュータントの能力なんかより、友達が欲しいんだよ!」
 「友達は居るじゃないか」
 五郎が孤独な超能力少年ジョージに手を差し伸べる一方、全身からキノコを生やしたリザードマン、といった風情の毒バンバラは、毒の爪により人間を次々と殺人鬼に変えようとしていた。
 新たな被害者の存在を感知したジョージは現場に向かったところ毒バンバラに捕まり、助けを求めるジョージのテレパシーをキャッチした五郎は、いきなりイナズマンで到着。ジョージを助けて瞬間移動チェストで一時撤収すると、体に負担の大きいテレパシーは危険だ、とジョージに懇々と諭し…………あの、女性が一人、まだ捕まったままなのですが。
 毒バンバラが女性に助けを求めさせると飛び出していく五郎だが、女性はさっくりと毒の爪の犠牲になってしまい……序盤から人質に雑な傾向はありましたが、完全に、渡五郎の不手際です。
 ジョージを助ける時はいきなりイナズマン・ジョージだけ助けて撤収・ジョージとのんびりお喋り・人質を前に渡五郎として正面から出ていく、と話の都合と五郎の軽率な行動が悪夢の化学反応を引き起こし、見ていてあまりにも気持ちよくない展開で、完全にぐだぐだ。
 女のナイフをかわしながら帝国兵に追われる五郎だが、腕を押さえ込んで振り回している内に帝国兵と女が相討ちとなり、神仏の化身としてのヒーローの無謬性に対する批判的な視線が入り込んでいるにしても、幾らなんでも、色々と酷すぎます。
 毒バンバラの毒ガスを浴びた五郎は、なんとかイナズマンまで変転するが、視力を失った事で帝国兵にさえ苦戦。五郎を助けようとするジョージのテレパシーを受けると視覚を借りる事を思いつき、ジョージの体に負担の大きいテレパシーを使わせたくない意識と台詞からすると恐らく〔ジョージ(視覚)←(テレパシー)-イナズマン〕という接続をしたかったのかとは思われるのですが、結局〔ジョージ(視覚)-(テレパシー)→イナズマン〕を何も言わずに受け入れるので、イナズマンの言行もだいぶぐだぐだ。
 そして、殺人女優の凶行・五郎の目の前で殺人鬼にされてしまう女性・ジョージ決死のテレパシー、といった積み上げをしてきたクライマックスバトルで、突然、毒バンバラと帝国兵がキノコに変身するコミカルな画が放り込まれ、話の流れを無残にチェスト。
 ジョージの視覚を借りたイナズマンはキノコ兵士たちをチェストしていくが、今度は毒バンバラの家屋倒壊攻撃、更にキノコ爆弾、と逆転劇かと思いきや起伏の無い抵抗がダラダラと続き、剛力招来からでも既に5分を越えるクライマックスバトルもぐだぐだ。
 最終的に、新アクションのバック宙キック(これは格好良かった)を浴びせたイナズマンは超力イナズマ落としを叩き込み、新人類チェストー!
 だが、ジョージ少年はテレパシーの使いすぎでその生命力を激しく燃やし……さすがに一命を取り留めた事が描かれる着地となりましたが、それならば、夕陽を見つめる五郎、ジョージ少年の生死や如何に、という演出自体がちょっと悪趣味になってしまっており、どうにもこうにも作品全体が「ショッキング展開(映像)ありき」になってしまっているのが、残念です。
 また、序盤の明朗快活としたヒーロー活劇路線が割と好きだっただけに、路線変更後、ヒーロー性への懐疑を盛んに組み込む一方で、子供の純真な心だけはヒーローを理解したり助けたりする、とそこだけ上辺の綺麗事で話を進める物語とのして人格の乖離が、言い訳じみた作りも含め、なんとも据わりが悪く感じるところ。