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真冬の読書メモ2

猫の国の迷探偵

●『悪霊論』(小松和彦
 「異人殺し」伝承における「託宣」、御霊信仰のメカニズム、悪霊祓いにおいて発生する「物語」、などへの論考を集めた論文集。
 村落共同体において疫病などの変事が起こった際、その原因を探る為に呼ばれたシャーマンが、過去の秘められた「異人殺し」を語る事で、「原因となる物語」が発生し、村の歴史=主観的な真実、として「異人殺し」伝説が形成される、という著者の視座に基づき、御霊信仰や悪霊祓いにおける「怨霊」や「シャーマン」の存在、「民衆の求める物語」と「そこに存在する<外部>」が緩やかに関連づけられて、面白かったです。
 また、論の主題ではないもののちょっと興味深かったのが、このくだり。


 要約を作成する作業はそれほど研究者に意識されていないが、もとのテキストに基づいてもう一つのテキストをつくることでもある。
 というのは、要約者は自分の判断で長いテキストから重要だと思う部分を抜き出して文章を短くしたり、必要ないものを切り捨てたり、さらにはテキストのなかで生じた出来事の順序を組み変えたりすることがあるからだ。そして、そうした作業の結果、物語の性格が要約者が気づかないまま変形され変質してしまうことがある。
(悪霊祓いの儀礼、悪霊の物語)

 所収の別論文においても、「村に疫病が起きた時にシャーマンの託宣によって異人殺しが語られた」場合の「シャーマンの託宣によって」が抜け落ちると「異人殺し」の伝説のみが独り立ちする事になる点に触れているように、著者は民俗学文化人類学におけるフィールドワーク、民話などの聞き取りも念頭に置いて書いていると思われますが、現在だと、SNS上でよく見る現象として、非常に腑に落ちてわかりやすいな、と。
 勿論、人間のあるところで常に発生していた現象であろうとは思いますが、インターネット(特にSNS)というのはこの、「伝播過程の要約におけるテキストの変質」が凄く起こりやすく、そして見えやすい場であるな、と思った次第。

●『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』(泡坂妻夫
 インドでヨガを学んだと称する謎の外国人ヨギガンジーは、恐山に行ってはイタコの真似事を行い、電車を待つホームの上では筮竹を並べ、日本全国津々浦々を歩き回りながら、いんちき交霊術の実演やその裏を暴く公演を行っているのだが、ふとした偶然の連続から、巨大な新興宗教団体の絡んだ、行方不明事件に関わる事に。
 次々と甦る死者、教団内部の後継者争い、そして、教祖の教えをまとめた「しあわせの書」の秘密とは……。
 手品その他の知識を活用してインチキ心霊術の裏を暴く主人公は、ハリー・フィーディーニがモチーフとなっていそうですが、プロの手品師でもある著者により、人間心理を利用した巧みな読心術の実例が描かれる一方で、物語としてはAに注意を向けておいてBを取り出す“紙上のミスディレクション”が実に鮮やか。
 そして最後に特大のイリュージョンが姿を見せて、いやこれは凄かった! 素晴らしいトリックでした。名作。
 奇術師・泡坂妻夫を、堪能できる一作でした。

●『猫は知っていた』(仁木悦子
 植物学を専攻する兄・雄太郎と、音大生である妹・悦子の仁木兄妹は、雄太郎の友人の紹介により箱崎医院の2階に下宿する事になるのだが、引っ越し早々、表口にも裏口にも人の目があった筈なのに、入院患者の一人が行方不明になってしまう。更には箱崎家の祖母と飼い猫が姿を消し、二人は事件を解決しようと調査に乗り出す事に。
 第3回江戸川乱歩賞を受賞した今作がベストセラーとなり、本邦の女流推理小説作家の草分けとして長く活躍した仁木悦子の長編第一作。
 長身で穏やかな兄と、小柄で活発な妹の二人が探偵役を務め、登場人物たちの抱える“ちょっとした秘密”が絡み合いながらテンポ良く事件が起きていくのが読みやすく、妹・悦子の一人称による柔らかな語り口も含めて、なんというか、丁寧なミステリ。
 特別専門知識を用いるわけでもなく、常人に図りがたい発想の飛躍を行うわけでもなく、些細な違和感を縒り合わせて謎の総体を見極め、一つずつ丁寧に検証していく事で真実に迫っていく探偵の推理方法も好感が持て、1937年の作品というのもありますが、シンプルな推理小説、を楽しめる一作でした。

●『私の大好きな探偵』(〃)
 仁木兄妹が活躍する作品の中から5編を選んだ短編集。特別面白い、という事は無かったですが、これも、シンプルな推理小説、を楽しめる作品揃いでした。

●『アリスの国の殺人』(辻真先
 『不思議の国のアリス』をこよなく愛する児童書の編集者・綿旗克二は、人事異動により、新創刊されるコミック誌の編集部に配属されてしまう。慣れない仕事に四苦八苦する克二は、いきつけのスナック「蟻巣」で酔いつぶれて眠っていたところ、不思議の国で美少女アリスと結婚する夢を見るのだが、同時に、チェシャ猫殺しの容疑者に。一方、現実では鬼の編集長が死体で発見され……夢と現実、二つの世界を行き来しながら展開する長編ミステリー。
 有名マンガ家が実名で登場するばかりか、夢の世界ではニャロメや鉄人28号やヒゲオヤジが動き回る、著者らしいメタ要素の見える作品でしたが、そもそも『不思議の国のアリス』にはマザー・グースから借りたキャラクターが登場すると解説に言われてみると、なるほど納得。
 『不思議の国のアリス』に題を採っただけあって言葉遊びに溢れた夢の世界と、会社の意向に逆らえないサラリーマンの現実が交錯し、ふんだんにユーモアが盛り込まれている一方で、謎解きの主体となる現実世界の事件の様相は、かなり重め。
 個人的には、あまり好きな傾向ではない、展開でした。
 ここまで読んだ辻作品、いずれも遊び心やユーモアへの意識が強い一方で、取り扱っている事件の顛末は割と暗いのは、意外だったところ。その中では『深夜の博覧会』が一番、私好みの作風にまとまっていたのだなと。