東映特撮に踊らされる駄目人間の日々のよしなし。 はてなダイアリーのサービス終了にともない、引っ越してきました。
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まるで夏の読書メモ

夜のオペラの転倒

●『夜の床屋』(沢村浩輔)
 大学生の佐倉と高瀬は旅先の山中で道に迷ってしまい、なんとか山道を下って線路に出るも、辿り着いたのは人気の全く無い無人駅。駅前の商店も全て閉店しており自動販売機すら見当たらず、やむなく駅舎で一晩を過ごそうとするのだが、深夜、駅前の理髪店に煌々と灯りが点っているのを目撃する。いったいぜんたい、こんな時間になぜ理髪店が営業しているのか……好奇心にかられた高瀬は、佐倉の制止も聞かずに店に入ってしまうのだが……。
 表題作は、旅先で出会ったちょっと奇妙な出来事にその場では納得してみるも、後で冷静になって考えてみるとやはりおかしい……と、その不可解さを探っている内に思わぬ真相が明らかになる系のミステリで、飛び抜けて面白かったわけではないですが、読み味の良い一篇でした。
 続く「空飛ぶ絨毯」では、帰郷した佐倉が、寝ている間に自室の絨毯を盗まれたという友人の奇妙な体験談を聞き、「夜の床屋」と近い雰囲気かと思っていたら、途中から、う、うーん……となってあまり読み味が良くなかったのですが、佐倉が小学生の冒険に付き合う「ドッペルゲンガーを捜しに行こう」では再び読み味が良く、デビュー作を含む短編集なので、語り手は共通なものの、あまり作風の統一感にこだわりは無いのかな……と内容のギャップに戸惑っていたら、後半の3篇で“作品そのものの読み味”が変わる飛躍が決まり、なかなか面白かったです。
 ……そこまで書いてしまっていいのか、と聞かれると、巻末の解説でそこまで触れているのでいいかな、と判断したのですが、一篇一篇の読後感が、一冊通しての読後感にかき混ぜられて奇妙な変化を見せるのが、妙味。
 あまり数は出していないようですが、他の作品も読んでみたい。

●『ミステリ・オペラ――宿命城殺人事件――』(山田正紀
 平成元年――一人の男が、勤め先のビル屋上から墜落して死亡した。目撃者の証言によると、飛び降りた男の体は、空中に30分の間、ふわふわと浮かんでいたという。一方、その50年前、日本の支配下にあった満州国において、奉納オペラ『魔笛』を上演しようとする一団は次々と探偵小説まがいの奇っ怪な事件に遭遇していた。
 死亡した男の妻・萩原桐子は、50年前に起きた一連の怪事について綴った「手記」を手に入れた事から、50年の隔たりを飛び越えて二つの時代に飲み込まれていく事となる……。
 ハードカバー・約700P・二段組み、の圧倒的質量。
 初・山田正紀が、果たしてこれで良かったのか……。
 物語は、現代の東京と過去の満州、二つの舞台を行き来し、時間を隔てた二つの事件が互いに関連し合っていくのかな……と思っていると、冒頭から「パラレルワールド」の話が始まって、現代の主観人物である桐子は、様々な要因が重なってパラレルワールドの存在を信じるに至っており、自らを「手記」の中に登場する一人の人物であった“世界が存在していた”と認識しているのが、その「手記」からして、現実にあった出来事なのか全くフィクション(小説)なのか判然とせず、桐子自身もそれを認めている、という大変ややこしい構成。
 何が事実であり、何が虚構なのか、平行世界はあり得るのか、あり得ないのか、誰が死んでいて、誰が死んでいないのか……現在の桐子と、手記の書き手である良一、更に幾人かの人物の語りを交えながら物語は幻惑的に進行していき、何か奇妙な事は起きているのだ、その全体像が掴めない、そんな不可思議な感触を面白さに転換してぐいぐい読ませていくのは、さすがベテランの筆致。
 ……ただ、謎解きに入ってからは、正直パッとしない出来。
 過去を描く「手記」において、日本の満州支配や南京事件を重要な背景においている今作、テーマの一つが「歴史」なので、“物語としては華やかさに欠ける事実”を描くのが狙い通りな部分もあるのでしょうが、作品のボリュームと大仕掛けからすると、「小説」としては物足りない内容。
 「(探偵)小説」と「歴史」とを重ね合わせるのも作品としての狙いなのがややこしく、私が読み切れていない部分や、作者の特性を把握していない事で引っかかっている部分も多くあるとは思われるのですが、最終章に至って、そういうのが読みたかったわけではなかった……となってしまったのは残念でした。
 あと最終章に入ってから妙に、人物Bの主観による内心描写→次の行でいきなり地の文による人物Bの説明→次の行でいきなり人物Aの主観による人物Bへの視線、といったような複数人物の主観と地の文が変な混ざり方をしていて、作者の文体がそもそもこうなのか、意図的に混濁させているのかわからないものの、とにかく凄く読みにくくなってしまいました。
 また、それによる人物Aの掘り下げは納得できるのですが、人物Bの方はどうして最終章になってその人物を掘り下げるのかがわからず、首をひねる事に。
 最初からそういう構想だったのか、結果的にそうなったのか、3部作らしい(今作は今作でまとまってはいる)ので、幾つかの若干不可解な要素は続く作品を読めば腑に落ちるのかもしれませんが、続けて読みたいかといえば、当面はいいかな……ぐらいで、幻惑されている内はそれなりに面白かったけど、舞台のスポットライトが落ちた途端ピンと来なくなった、といった一作。
 それはそれとして、『神狩り』ぐらいは、やはり読んでおこうかと思いました。

●『亜愛一郎の転倒』(泡坂妻夫
 まるで役者のような端正な二枚目だが、ドジで不器用。見た目と動作に激しいギャップがあり、他人から鈍く見られがちながら、実は人並み外れた鋭い思考と洞察力を持ったカメラマン・亜愛一郎を謎解き役とした短編シリーズ2作目。
 病的なまでの写実主義を貫いた画家の絵の中に亜が見つけた“間違い”から、画家が隠していた秘密が明らかにされる巻頭の「藁の猫」が傑作! それも伏線だったのか……! と唸らされる見事な完成度でした。
 他の収録作品は、ぼちぼち、ぐらいの出来。