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木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(増田俊也)、感想

 昭和29年末――日本のプロレス史上にその名を残す、木村政彦vs力道山の試合は、力道山の卑劣なブック破りによる、木村の惨敗に終わった。如何にリング上での騙し討ちがあったとしても、「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」とまで言われた“史上最強の柔道家木村政彦は、なぜ、不覚を取ってしまったのか? そして、かつては自ら切腹を試みるほど勝利への執念を宿していた鬼の木村は、どうしてその屈辱を殺意の達成をもって晴らそうとしなかったのか?
 グレイシー一族がその名を讃えて口にするまで、力道山戦の無惨な敗北で世評を地に落とされ、古巣の柔道界からも講道館史観によって抹殺同然にされていた木村政彦――その生涯を追い、柔道経験者の視点から「木村政彦vs力道山」の真実に迫る評伝……という名のもはや宗教書。
 プロレス側の視点からばかり語られる敗者・木村政彦の名誉を回復してその真実の姿を世に伝えるのだ! という強烈な信念を動機付けとし、膨大な資料の収集・精査と関係者への取材を元に、『ゴング格闘技』誌上で4年にわたる連載が完結するまで、かかった歳月は、なんと18年!
 木村先生は負けたわけではない――
 この一念の元、伝説的武道家の出自と戦歴を辿る達人伝説&昭和無頼伝に始まり、戦後の混乱期における日本の格闘技界の混迷から様々な糸が絡み合う本邦プロレス草創期の歴史ドキュメンタリーを経て、伝道と巡礼の旅を続けてきた著者が、いよいよ辿り着いた約束の地において、信仰の揺らぎに直面し苦悩するのがノンフィクションとして強烈にドラマチックになり、歴史と現在が一体化して怒濤の終焉を迎える、凄まじい読み味の一冊。
 文庫版上下巻で1000ページ越えの大作でしたが、後半は一気読みでした。
 著者本人が冒頭から明示しているように柔道家の側からの木村政彦伝であり、著者による木村政彦福音書に近い内容なので強烈なバイアスがかかっており、そのまま鵜呑みにしてはいけない類の本かとは思いますが、格闘技にほとんど興味のない私でもするすると読めて、戦前戦後の柔道史、その国際展開、戦争のもたらした傷、プロレスとの繋がりなど、個人の評伝のみならず、その周辺の人物・世界・歴史にも視線を広げた内容が興味深く面白かったです。
 物騒なタイトル通りの内容であり、昭和無頼伝の類は眉をひそめるようなエピソードも嬉々として書かれているようなところもありますが、そこここで、この背景をきちんと説明しなくてはいけない、という著者の意識が通して歴史物的な面白さを作品に持たせており、読み応えのある一作でした。