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君が優しさに辿り着けるように

地球戦隊ファイブマン』感想・最終話

◆第48話「星への旅立ち」◆ (監督:東條昭平 脚本:曽田博久)
 「銀河超獣バルガイヤー!」
 バルガイヤーは、腹部に巨大な悪鬼の顔めいた意匠の入った、植物と昆虫をかけあわせたような巨大生物へと変貌し、背中の六枚羽が広げた花弁のようにも見えるのが秀逸。
 「今こそ1000個目の星地球も滅ぼし、銀河の神とならん!」
 「行けー! 銀河戦艦バルガイヤー!」
 あくまでも「戦艦」と呼ぶガロアは、完全に状況に取り残されて自らの価値観にしがみつく人物として描かれ、最終回まで生き残った上でちょっと酷い扱いになりましたが、この狭小さと傲慢さこそがガロアの器の限界でありましょうか。
 銀河超獣バルガイヤーは、中空に浮かびながら大破壊を開始し、灰燼と化していく市街地。
 子供たちの声援を受けながら立ち向かうスーパーファイブロボは、飛行しながらSFロボビームを放つも、超獣が動くだけで巻き起こる突風に敢えなく吹き飛ばされ、空中を滑るように動く巨大生物、風でもみくちゃにされる巨大ロボ、と最終回にしてこれまでになかなか無い画を入れてきます。
 「あの子たちはきっと戦ってるんだ……命の限り連絡を取り続けるんだ!」
 P16惑星では星川夫妻が賢明に地球への呼びかけを続け、第1話もかなり、星川博士役の俳優(三ツ木清隆さん)への信頼が見える演出になっていましたが、ここでも“遠い星で両親も一緒に戦っている”空気をしっかりと出して、物語を引き締めてくれました(ちなみに加齢は、口ひげで表現)。
 市街地を蹂躙した銀河超獣バルガイヤーはマグマベースに迫り……今遂に、マックス・クロス!
 ……マックス・クロス!(涙)
 だが第29話以来の登場となったマックスマグマの一斉射撃はバルガイヤーに全く通用せず、マックス・クロス……!
 銀河超獣バルガイヤーの脅威を示すものとして、これ以上ない効果を上げてはいるのですが、18話ぶり2回目の登場にして、何も出来ないまま腕のもげ落ちるマックスマグマの姿に、全銀河が泣いた。
 最強最悪のラスボス登場・最強ロボ敗北・基地壊滅、のイベントが同時進行で発生していき、マグマベースが崩壊の危機に陥ったその時、P16惑星との通信が奇跡的に回復。そして、シドンの花こそが切り札と伝えられるが……その詳細に触れる前に再び通信は切断されてしまう。
 「……シドンの花があるでしょうか」
 「……あるさ。……私たち一家の思い出の花、私たちの子供なら、地球でもきっと、育てている筈だよ」
 物語の開幕を告げた希望と絶望の象徴にして、断ち切られた家族の思い出を繋ぐものでもあったシドンの花が最後のキーアイテムとなるのは美しく、更にそれが、親から子(星川学)、星川学から教え子達へ、と絆のバトンになっていた事で、“ヒーローから魂を託される者”にして“未来へ向けて花を育てる者”としての子供達が自然とフレームに入ってくるのは、実に鮮やか。
 ファイブマンは、シドンの花の鉢植えを手に超獣から逃げ回っていたタツヤ少年を助け、崖から落下した鉢植えはメロディタクトでミラクルキャッチ。
 「君たちが、真心こめて育ててくれたこの花で、必ず世界を、いや、銀河を守り抜いてみせる!」
 そして再び、子供達からヒーローへとバトンは巡り、その心に応えるべく、ファイブマンは何度だって立ち上がる!
 5人は半壊したマックスマグマに乗り込み、そう……今こそ、人間大砲ぉぉぉぉぉ!!
 46センチ砲で5人が次々とバルガイヤーに打ち込まれたら伏線の回収としては完璧だったのですがそんな事はなく、執拗にシドンの花を狙うバルガイヤーの攻撃でマックスマグマの首がもげ、上半身が千切れ飛ぶ中、その爆炎に紛れて分離したSFロボでバルガイヤー内部へと特攻を仕掛け……マックスマグマ空前絶後尊い犠牲でした。
 「行けー! バルガイヤー! 銀河が俺を待っているー! あっはっはははは!」
 ファイブマンが艦内に乗り込むと、そこではガロアが高笑いをあげており、この状況でブリッジまで辿り着いたガロア、相当凄いのでは(笑)
 「やはり艦長の椅子の座り心地は素晴らしい! 我こそ無敵バルガイヤーの真の艦長だー! あーっははは! あーはっ――ファイブマン?! バルガイヤーは渡さんぞ! バルガイヤーは儂のものだ!」
 理解を絶する出来事を前に半ば狂気に陥っているという事なのか、ガロアはひたすら、偽りの栄光、偽りの玉座固執する人物として描かれ(ガロアガロアなりに、忠誠心を持って会社に尽くしていたら、一番偉い人から社員まとめてリストラされたような立場ではあり、脳の配線がショートしてしまったニュアンスは入っていそう)、これは最終的に、バルガイヤー――そしてゾーンの落としどころの補助線となる事に。
 脱皮完成時に溶かされたとかで処理されるかと思ったドンゴロスは艦内の金庫を漁る火事場泥棒の真っ最中で、これはこれで、おいしい(笑)
 もはや現実を見失っているガロアを一蹴したファイブマンは、艦橋の更に奥で、クリスタルの棺に眠る女性を発見。
 「?! 銀河皇帝メドー様!」
 追いすがるガロアもそれを認めて棺に駆け寄り、画面の都合でこれしか無かったのかもですが、棺を挟んだガロアと赤が、仲間みたいな距離感になっているのは、ちょっと変なシーンになってしまいました(笑)
 棺の中に眠るメドーと瓜二つの女性にレッドが近付いた時、その手に持ったシドンの花に反応して女性の生き霊が浮かび上がり、その正体は、かつてバルガイヤーからしつこく求愛を受けるも拒絶した末に、死を遂げた女性メドー(回想シーンでは、バルガイヤーに追いかけられた末に、崖から転落死)。
 バルガイヤーはメドーの亡骸を自らの体内に安置・保存すると、その似姿を銀帝軍ゾーンの首魁に据え、自ら“私の愛するメドーが妻として銀河皇帝だったら”ロールプレイを延々と続けていた、超弩級の変態だったのだ!!
 ……凄いぞ! ラスト2話だけで、バルガイヤーが異次元の面白さに到達してしまったぞ?!
 「私をバルガイヤーから出して下さい」
 生前のメドーが花冠としていたシドンの花がメドーの意志に反応すると、閃光がバルがイヤーのコアに突き刺さり……以前にシドンの花に反応してメドー様(バルガイヤー)が苦しんでいたのは、同様の現象が弱いレベルで起こっていたと解釈できそうでしょうか。
 ……ちょっと気になるのは、星川博士がこの、伝説級と思われる過去にどうやって辿り着いたかなのですが、これは、もしかして、あの「信頼ある伝説筋」案件(※独自の研究です)。
 「おのれぇ……! メドーが! 私のメドーがぁ!!」
 致命的なスキャンダル発覚により武道館目前で大炎上したバルガイヤーの呪縛から解放され、時の流れを取り戻したメドーの亡骸が棺の中で朽ち果てていく映像が容赦ないですが、花と髑髏、にはヴァニタス(虚栄)の意が込められていたのかもしれず、ガロアがその棺の中に転がり落ちて最期を迎えるのは、象徴的な結末に。
 「今だ! 今こそバルガイヤーにトドメを刺すんだ!」
 艦内から脱出したファイブマンはSFロボに乗り込むと、失った青春の痛みに藻掻き苦しむバルガイヤー目がけて突撃。奇跡の絆で結ばれた熱い熱い炎の光球となってバルガイヤーを貫き……ラスボスの敗因:失恋。
 取り残されたガロアは艦長の椅子に、ドンゴロスは札束に、それぞれ執着しながら崩壊するバルガイヤーと運命を共にし……今作における“悪”とは何か、といえば、ストレートに「死(をもたらすもの)」であったのですが(故に殺戮を司ってきたシュバリェは死の供物となり、バルガイヤーは自らの中に死を抱えていた事が明らかになる)、そのバルガイヤーを含めて、個々のキャラクターの落としどころとしては、個人の執着に取り憑かれて滅びる形に。
 バルガイヤーは妄執の愛に、ガロアは栄誉に、ドンゴロスは金銭に、ドルドラは恐らく名声に、ザザはドルドラへの忠誠に、ビリオンは剣と酒に、シュバリェは銀帝軍のヒーローである事に……それが物語の積み重ねとして成立していたかといえば、作品自体の迷走も影響して部分部分で不足していたのは残念でしたが、最終盤かなり駆け足だった割には、軍団の瓦解としては一定の満足いく形になってくれたのは良かったです。
 ……最初から最後まで、一番ブレなかったのはドンゴロスでしょうか(笑)
 「「「「「やった!」」」」」
 「父さん、母さん! 銀河の平和を守り抜きましたよ」
 マックスマグマの屍を踏み越えてファイブマンは強大無比の銀帝軍ゾーンに勝利を収め、両親との再会、そしてゾーンによって滅ぼされた星に豊かな自然を取り戻す為に、地球を離れる事に。
 「別れるのは辛いけど、僕たち平気です!」
 「先生たちは今度は、銀河の大勢の子供たちの先生になって下さい」
 今、兄妹先生は地球の都市伝説から、銀河の伝説へ!
 「ありがとうみんな。ゾーンに滅ぼされた星に、このシドンの花を、ここみたいに沢山咲かせてみせるからね。……そしてこの地球みたいに、美しい星に甦らせるんだ」
 「綺麗な花がいっぱい!」
 「立派な先生になるからね」
 「みんなも、算数の勉強、頑張るのよ」
 「銀河に居ても、地球を見守ってるからな」
 「泣かないで。みんな泣かないで。さあみんな、元気に歌を歌おう。ね!」
 レミの言葉からEDに入るのかと思ったら、「仰げば尊し」に繋げて、兄妹先生の地球(戦隊)からの卒業式、という形でしんみり。
 そして、5人&アーサーの乗り込んだスターキャリアーの離陸にEDがかかってスタッフロールが流れ始め、いざ、銀河系P16惑星へと飛び立つ星川兄妹。P16惑星では、子供達を待つ両親の姿が描かれ、かつて、「子供だけでどこまで飛べるやら」と嘲笑われた星川家の子供達が、アーサーG6に育てられて地球で立派に成長し、地球を守り、ゾーンを倒し、今度は両親を迎えに宇宙へ飛び立つ、と第1話と最終話が繋がる美しい着地で、おわり。
 今作はとにかく第1話の印象が強烈で、SF、そして1年間の大河ストーリーの導入として抜群の出来の良さだったのですが、EDで映像が流れるなど、第1話と最終回を繋げる意識が明確にあったのは、嬉しかったところ。
 個人的にはパイロット版担当の続いていた長石監督で最終回を見たかった気持ちはありますが、80年代後半の《スーパー戦隊》を支えた両雄、長石-東條のバトンで(概念としての)“80年代戦隊”は幕を閉じる事となり、スタッフワークでいうと、結局この時期に最終回担当の回ってこなかった長石監督が、90年代の《スーパー戦隊》復帰後に逆に最終回職人のポジションになるのは、少々面白いところです。

 ざっくりとした作品の総評としては、『ライブマン』を越えるには至らず“谷間の作品”の印象は払拭できなかったものの、道中の激しい乱気流に揉まれながらも爽やかな未来志向が貫かれての美しい着地に辿り着いたのは、好評価。終わりよければに加え、ラスト2話、バルガイヤー総司令が面白悪役ポイントを大きく稼ぎ出したのが、ミラクル(笑)
 先に、「今作における“悪”とは何か、といえば、ストレートに「死(をもたらすもの)」」と触れましたが、では対するファイブマンが象徴していたものは何かといえば「再生(未来)」であり、20年前の悲劇に端を発する強烈な復讐心を原動力にしつつも、亡き(と思われていた)両親の遺志を同時に継ぐ事で、常に戦いのその先、ゾーンを倒した銀河に豊かな自然を取り戻す、未来への目的を強く持っていたのが、ファイブマンを貫く芯として良かったです。
 鈴木-曽田体制の集大成といえる『ライブマン』で“戦争”と“青春”に一区切りをつけたものの、前作『ターボレンジャー』では、最終的に“戦争の生んだ亡霊”の抱えた怨念がヒーロー側と釣り合いが取れなくなってしまったのですが、今作ではゾーンのもたらす「死」に対し、ファイブマンが「再生」のテーゼを強く突きつけ続ける事により、絶望視された両親の生存を勝ち取り、結果的に“80年代戦隊”として『フラッシュマン』の精算を為しえる事となったのは、星川兄妹の持つ徹底した未来志向の賜物であったのかな、と。
 そしてそれは、「教師」という星川兄妹の職業に深くリンクし……実際に物語を動かす中では短所も出てしまった設定ですが、『ターボ』で上手くいかなかった“未来への意識”を、主人公たちを受け継ぎ伝える者とする事で成立させたのは、最終的な着地点と綺麗に繋がり、紆余曲折はありましたが、時間と空間のスケール感を併せ持った、良いラストでした。
 80年代戦隊作劇の爛熟と限界を共に抱えた今作の苦闘は、次作『ジェットマン』において《スーパー戦隊》の新たな時代の幕開けに繋がる事になりますが、死から再生へ、地球から宇宙へ、そして今日(大人)から明日(子供)へ、劇中においても、メタ的な位置づけにおいても、“架け橋のヒーロー”であったかな、と思う次第です。
 キャラクターの話など別項で多少付け加えるかもしれませんが、以上ひとまず、『地球戦隊ファイブマン』感想、長々とお付き合い、ありがとうございました!