東映特撮に踊らされる駄目人間の日々のよしなし。 はてなダイアリーのサービス終了にともない、引っ越してきました。
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『スマイルプリキュア!』フラッシュ!

スマイルプリキュア!』感想9・絶望招来!

●第22話「いちばん大切なものって、なぁに?」
 「……みゆき達と、ずーっと一緒に遊ぶくる」
 今まで集めたデコルとキャンディをまとめてジョーカーに奪われたプリキュアだが、大事なデコルを一つ、七夕の飾り付けに拝借していた事をみゆきが思い出し、その回収に際してキャンディの書いた短冊に気付くのは綺麗な流れ。
 更にキャンディはメンバー一人ずつに向けた願い事の短冊を書いており、囚われのキャンディを救い出す決意を強くしたみゆき達は、いざバッドエンド王国へ。
 ポップの先導で、一度メルヘンランドを経由する為に絵本の中に入り込むと……絵本、物理で飛ぶのーーー?!
 意外と、マジカルではなくフィジカルでした。
 その頃、キャンディを尋問するも「ミラクルジュエル」の情報を得られずにいたジョーカーは、キュアデコルが一つ足りていない事に、気付いてしまった。
 「……やってくれましたね、プリキュア
 …………すみません、たまたまアホの子が引き起こしたミラクルなんです……。
 「いいでしょう。ならばピエーロ様復活の、最後のバッドエナジー、あなた達から、いただきますよ」
 イラッとしたジョーカーが意趣返しに動き始めた一方、みゆき達は、女王が眠りについて以降、住人たちがすっかり引きこもりになってしまい、華やかな景色とは裏腹に人通りも音も絶えて久しいメルヘンランドへと辿り着く。
 色とりどりの風船が浮かび、鮮やかで楽しげな風景だからこそ、まるで生命の息吹が感じられない茫漠さが死にも似た止まった世界を強く印象づけ、そこに現れたジョーカーは、最後のデコルを渡す事を要求。
 「断ると言ったら?」
 「フフン、いいからさっさと――よこせぇ!」
 凶悪な一面を剥き出しにしたジョーカーに対してスマイルチャージするプリキュアだが、アクロバットな動きで摩訶不思議なカードを操るジョーカーに苦戦。必殺の気合いシャワーも吸収から反射され、かくなる上はと五人一斉の必殺攻撃を放つもその全てがジョーカーに軽々と受け止められ、いきなり、目からハイライトが消えるハッピー。
 ……ちょっと、早いのでは(笑)
 「フフフ。この程度ですか。ガッカリです」
 逆転ジョーカーチェストー! によりプリキュアを粉砕する圧倒的な強さを見せたジョーカーは最後のデコルを奪い取ると、直撃を受けて弱っている5人に向けて白紙の未来を黒く塗りつぶすバッドエンドを発動。
 「新刊は無い、無いんだ……」「ハナ差でおまえの馬券はただの紙くずになったのだ……」「おまえがプリンセスなんて、なれるわけないだろー……」と囁き戦術で徹底的にメンタルを攻撃する事で、5人のプリキュアからバッドエナジーを抽出してしまう!
 道化師というのは基本、わかりやすくて遊びやすいモチーフでありますが、プリキュアを嘲弄する奇抜な動きからカードマジック、感情に合わせて生物のように表情を変える仮面、と満を持して最前線に立ったジョーカーが大活躍。
 女王復活の狙いを阻む最後のデコルと、ピエロ様復活の為の最後のエナジー、その二つを手にしたジョーカーはバッドランドへと帰還し、かつてないまでの完敗を喫したみゆき達は、生死を懸けてまでプリキュアとして戦う理由はあるのか? と突きつけられた恐怖に向き合う事になる。
 「……私、どうしたらいいのか、わからない。でも、これは凄く、ちゃんと考えなきゃいけない気がする。上手く言えないけど、自分にとって……何が一番、大切なのか」
 ここまで基本、“明るく楽しい”路線だった今作に、真っ正面から暴力でヒーローの心を追ってくる強敵が出現する非常にシリアスな展開で、渡世の仁義か家族との生活か、みゆきの言葉をきっかけに、それぞれ考え込む5人。
 「絶望……絶望ってなんだろう?」
 「家族も、友達も……私も、みんな、消えてしまう事……」
 「それは、嫌だな」
 一人一人が考える、という事で5人をバラバラにしつつ、それぞれの台詞を繋げながら“戦う理由”と向き合っていくのですが、後の『GO!プリンセスプリキュア』終盤で取り上げられるテーゼをやよいが口にしていた事に、ちょっとビックリ。
 今作を見始めてから薄々感じていたのですが、『プリセンスプリキュア』は今作の影響というか延長線上の作品といった部分がありそうで、田中裕太監督(今回の演出担当)にとっては、今作に対する一種のアンサーソングの一面もあったのだろうか、とはなんとなく思うところ。
 考えを巡らせる5人はやがて、キャンディの願いが記された短冊を手に取り見つめ、捨てられないものとは何か、を見つけ出す。
 「私、キャンディが、大好き。それと同じだけ、友達も、家族も大好き。だから、みんな一緒がいい。みんな一緒の未来が、きっと私の、ウルトラハッピーなんだって」
 「……私たちの、やろ?」
 それは、大切な何かを“選ぶ”のではなく、大切な全てを“掴む”希望――。
 「……五つの光が、導く未来。輝け――」
 「「「「「スマイル・プリキュア!」」」」」
 Bパート丸々を、敗北からの再起に向けた内面との対話に用い、大変なので台詞の書き起こしは最低限としましたが、かなり思い切った構成。
 そこから最後の名乗りに集約するのは綺麗に決まり、ちょうど最近『カクレン』の感想で触れた“みんなと居る時間が好き”というのは、東映ヒーローでいえば《スーパー戦隊》や《仮面ライダー》よりも、学生の友情の延長線上で戦う《プリキュア》シリーズ寄りだなと思い至ったのですが、“限られた時間”というテーマは、ジュブナイル作品の方が響きやすいところはありそうでしょうか。
 そう考えると、80年代曽田戦隊においては“いずれ終わるもの”(終わる事で先に進むもの)であった「青春」を、“ずっと続けたいもの”として描き入れたものが『カクレン』かも、と意識差を見るのですが、これはだいぶ余談(この辺りを掘り下げていくと、『うる星やつら』とかに行き当たる、のかも)。
 次回――五つの光が導くカチコミ!!