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摂理オンステージ

仮面ライダー鎧武』感想・第42話

◆第42話「光実!最後の変身!」◆ (監督:諸田敏 脚本:虚淵玄鋼屋ジン
 オーバーロード(フェムシンム)は倒れても、ヘルヘイムの森の侵略が止まるわけではない……と物語は本道に戻り、タワーから解放された人々を避難させるビートライダーズ。
 「やっぱり……俺がこの手でヘルヘイムを止めなきゃ」
 「――なぜ止める必要がある? 今の世界にこだわる事はない。むしろ、ヘルヘイムをも取り込んで、進化するべきだ」
 「それじゃオーバーロードと同じだろ!」
 「奴らは弱かった。だからヘルヘイムに負けた。人類も、弱ければ同じ道を辿る。それだけだ」
 極限状況においては強いリーダーシップとカリスマ性を発揮する一方、平時においては浮き上がる事に定評のある戒斗ですが、状況が一段落した途端に、テーマ曲に乗せて火種を撒き散らすのが仕様です。
 「なんで今更そんなこと言うんだよ?! 一緒に街を守って戦っただろ!」
 珍しく、見ていて紘汰と意見が一致しました(笑)
 「俺はただオーバーロードの横暴が気に入らなかっただけだ。何を守ったつもりもない」
 まあ、好感を持った知人(舞とかザックとか)を助けるのと、有象無象まとめて助けるのとは全く違う事である、というのは全くその通りで、そこを同一の枠組みで考えられる紘汰の方が、いみじくもミッチやプロフェッサーが指摘する通りに「異常」であって戒斗の方が「人間」的なのですが、ではこの数話に“戒斗の「人間」的部分を描いていたか”といえば、紘汰に付き合ってほとんど抜け落ちていたわけであり、この流れに持ち込む段取りが決まっているなら、どうしてそれを散りばめておかないのか? というのが、大変残念。
 これは前回で退場となった校長ロードなどにもいえるのですが、行為Aをやる時はA面、行為Bをやる時はB面、といった具合で、キャラクターの描写がまるでレコードをひっくり返すようになってしまっている傾向があるな、と。
 勿論、行為Aに際して自分を押し殺してA面だけを出している場合、などもありますが、人間の行動として、行為Aに際してA面8割B面2割だったり、なんだったらC面やD面も顔を覗かせるプリズムのような描写が不足していて、Aの時はA、Bの時はB、ハイAが終わったからこれからB面! といった作劇が、キャラクターが“物語の都合で動いているように見えがち”な面を生んでいるように思います。
 「ロシュオは何故、舞くんに渡したんだろうね」
 「そいつは始まりの女になるんだよ」
 一方、気を失った舞はミッチとプロフェッサーにより病院に運びこまれ……またそれか。
 「始まりの女が選んだ男こそが、黄金の果実を手に取る英雄となる」
 毎度お馴染み超次元ネットアイドルのDJサガラが黄金の果実を巡る最終的なシステムを解説すると、その正体を披露。
 「おまえ達がくれた呼び名で名乗るのもいいかもしれない。そうなると、我が名は――ヘルヘイム、という事になるかな」
 DJは森というシステムそのものであり、森とは宇宙の摂理であり、そうであるがままに行動しているという種明かしは特に驚きも面白みもなく、とにかく今作、登場人物が自ら答に辿り着く事がほとんどなく、肝心なところは全て超越者が説明して進んでいくのが、致命傷。
 例えばこれが、あくまで“人間”の視点で進み続けた最終盤に、旅路の意味が明かされ(或いは受け手が“気付く”事で)、その瞬間に視点のマクロな拡大に伴う受け手の意識のパラダイムシフトが発生する構造ならまた違うのですが、なにぶん今作、事あるごとに摂理そのものが干渉・誘導・仄めかしを繰り返すので、色々と台無し(虚淵脚本に見え隠れするSF志向を考えると、前者をやるつもりが出来なかった可能性はありますが)。
 根本的なところでは、矮小な人間の身では摂理に辿り着く事はできない、という大前提があるように思えるのですが、その一方で説明をしなくては気が済まないので、その役割を摂理そのものに任せるしかない結果、何から何まで摂理さん本人が説明してくれるのは、テキスト重視の物語の重い呪いとなってしまいました。
 以前に、ディザスタームービーが得意ではない……という話を書きましたが、もう一つ、ポストアポカリプス物の一形態といえる、天敵の出現などなんらかの事情で人類が絶望的な状況に追い込まれているところからスタートする(そして苦しんで苦しんで苦しんで希望を見出す?)系の物語が苦手でして、今回、それこそが今作世界の摂理であると示された事で最終盤になって明確になったのは、今作は表面はヒーローフィクションであったが、実態は個人的な苦手ジャンルのダブルパンチであったという(笑)
 これは今作が、登場人物の視野の拡大に合わせて世界が少しずつその真の姿を見せていく物語構造である以上、今になってわかるのは仕方ない事ではありますが、この、皮が剥けた時にすっと入ってくるかどうかが後から来るのも、作品への好悪が出やすくなる作りといえるでしょうか。
 「俺は世界を救う気など全くない! ……かつて、平和だった頃のこの世界には、俺が求めてるものなど何ひとつ無かった! きっと俺の居場所は……全てが滅んだ、その向こう側にしかない。世界が終わるか! 俺が終わるか……一体どっちが先だろうな」
 耀子に傷の事を知られた戒斗は叩きつける雨の中で吠え、紘汰と戒斗の状況を重ねる狙いはわかるのですが、結果として“個人か世界か”という、率直に好きではないテーマを重ねられる事になって辛い(それ以外の選択肢が示されないのが苦手)。
 耀子が戒斗にとっての見届ける女になる一方、舞の治療を買って出たプロフェッサーは、むしろ舞が始まりの女になった方が都合がいい紘汰が障害だ、とミッチを焚き付け、ヨモツヘグリロックシードを示す。
 「愛する者の為に命を捧げる……光実くん、君にはその覚悟はあるかな?」
 使用者の生命を糧に力を発揮する禁断のロックシードを手に、舞にすがるミッチだが、眠り続ける舞は何も言葉を返さない。
 「……僕は、何を守ろうとして……なんの為に戦ってたんだっけ?」
 崩れ落ちるミッチの背後に、呼ばれて飛び出てじゃじゃ兄さーーーん! ……最近は、シャドー兄さんが出てくるか出てこないかを事前にわからないよう、OPを飛ばして見ています(笑)
 「その目でしっかりと焼き付けろ。これが、おまえが為してきた事の結果だ。人を騙し続けてきたおまえが、今更誰かと寄り添える筈もない」
 「それでもあなたは……僕にとって最後の光だ。……あなたの為になら、こんな命……投げ捨てたってかまわない」
 「おまえの命に価値はない! 彼女の命と釣り合う筈が無い。おまえは、何も為し得ないまま終わるだろう」
 「…………もう黙っててくれよ」
 嘘に嘘を重ねた末、自分自身すら信じられずに見失ってしまったミッチですが……実のところ、ミッチが嘘によって利益を得た/もたらした印象があまり無い為、「人を騙し続けてきたおまえ」と言われてもいまいちピンと来ず、兄さんを崖から落とした後に、もう少しミッチが得をするターンがあっても良かったかな、と。
 偽メロン作戦は基本的に失敗しますし、緑ロードと仲良くなったのもほぼ偶然ですし、本人が強気になるほど緑ロードの役に立っている描写もなく、ミッチは「人を騙してきた」というより「舞の為の行動が空回りしていた」のであり――その目的において、舞と向き合う事なく身勝手な想いで他者を犠牲にしても構わないという精神性こそ「悪」であったわけなので、ミッチに関して強調するところはそこなの? というのがどうも。
 あと、今作の外道嘘つきポジションは、シド・プロフェッサー・DJで既に数え役満なので、ミッチまでそこに加えようとすると、多牌かなと。
 プロフェッサーにそそのかされるまま、紘汰排除の為に黄泉のロックシードを使用したミッチは、毒々しい色のザクロ龍玄へと変身。
 「それほどの覚悟なのか……俺も、覚悟するしかないのか」
 万能ワードの「覚悟」が乱舞して、両者激突で、つづく。