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超獣戦隊ライブマン』感想・第46話

◆第46話「オトコ嵐!最後の戦い」◆ (監督:長石多可男 脚本:曽田博久)
 「俺はやっぱり……指が足りねぇと計算ができねぇんだ……はは……」
 ビアスに与えられた天才的頭脳を失った結果、4+8、といった単純な足し算も出来なくなり、病室で乾いた笑いを浮かべる嵐は激情の趣くまま手に取った枕を叩きつけるのかと思いきや、ぎゅっと抱きしめて寂しげな表情を作り……頭脳獣を噛んだ暴れん坊から、ややマイルドな方向へとスライド。
 毒島嵐の場合、元より闇社会の無法者で、法理の観点からは肯定できる存在ではないのですが、与えられた知性で傲岸に振る舞っていたからこそ、それを失って元の自分に戻った時に、ボルト(ビアス)の支配とは、自分のような人間の価値を認めない事を骨身に染みて理解するというのは、納得できる心情の流れ。
 嵐の知性に関してはわかりやすさ重視のやや極端な表現になっていますが、自分が「切り捨てられる側」であると自覚した悲哀――裏を返せば、自分は「切り捨てられない側」に居るという自惚れ――の表現は、時代を超えた風刺的で普遍的な表現になっています。
 寓意的な表現を織り交ぜつつ、かなり現実の社会問題から近い距離で物語が進行するのは、この最終盤まで、今作の大きな特徴となりました。
 「彼らはみんな、君たちの競走相手としての役割を果たした似過ぎないのだ。過酷な競走をさせてきたが、私は最初から、君たち二人に期待していたのだ。その期待に応え、君たちは才能を伸ばした。素晴らしき、若者達よ……」
 次々と同輩を切り捨てていくビアスの行動に困惑を隠しきれないケンプとマゼンダだが、「期待」と「叱責」を巧みに使い分けるビアスは穏やかな表情で両者の頬に手を伸ばして2人を籠絡する、徹底した悪のカリスマぶり。
 「千点頭脳まであと少し。どちらが先に千点になるか。頑張りたまえ、若き天才たちよ」
 これを号砲として、ボルトは地上に大規模攻勢を仕掛け、教会で祈りを捧げていて巻き込まれる尾村豪。
 ……少し横道に逸れますが、こういう時に、「赦し」や「救い」と繋がるのはキリスト教のイメージで、身近すぎて劇的なシンボルになり得ない、というのもあるのでしょうが、これが寺や神社だと、そういうイメージを感じにくく、滝行とか水垢離までいかないとそのイメージが出てこないよな……と(勿論、各宗教の生活における機能性(とイメージされているもの)の影響もありますが)。
 ビアスに怒りを向ける嵐は病室を飛び出していき、『ライブマン』名物、近い、爆発、近いよ!
 爆発の中を闇雲に駆ける嵐と、それを追った勇介たちの前に現れたのは、ひどくシンプルなデザインかと思いきや、次々と自ら生み出した武器を纏って攻撃してくる頭脳獣バトルヅノー。ケンプが自らの生み出した最高傑作とうそぶくバトルヅノーは、ライオンバズーカの攻撃を受けると逆にその構造を武器として取り込み、ライブマンを吹き飛ばす。
 「もはや千点頭脳は俺に決まったも同然!」
 勝ち誇るケンプは前に進み出た嵐を嘲弄。
 「どうだ嵐? 羨ましいか? とはいってももうおまえのような馬鹿には、縁の無い世界の事だがな」
 ドラム缶に片足を乗せながら小馬鹿にする姿が似合いすぎてケンプは最後まで素晴らしい(笑)
 遮二無二突撃する嵐だがバトルヅノーに軽くあしらわれ、更に恐獣化したケンプとの攻勢にライブマンは大ピンチ。
 「まさに最高傑作の頭脳獣……おぉ……こんなものを作り出すとは、我ながら己の頭の良さに、惚れ惚れするぜ!」
 実に自惚れ屋らしく自画自賛するケンプは、食い下がる嵐を壁へと叩きつける。
 「こんな下品な言葉は使いたくないのだが……馬鹿は死ななきゃ直らねぇようだな!」
 はいケンプくん、減点10。
 バトルヅノーの攻撃から嵐をかばった黄はまとめて吹き飛び、残り4人も通信途絶……目を覚ました丈は、嵐と共に教会の中に運び込まれている事に気付き、姿を消していた尾村豪との再開を果たす。
 「水を……」
 かつて苦しむ自分の為に水を持ってきた丈を騙し討ちしようとした豪が、逆に丈を助けて水を差し出す姿が改悛の象徴となり、丈の「ありがとう」の言葉にはにかんだように笑う姿も印象的で、豪周りは第3話から意味づけの貫かれた非常に丁寧な演出が続きます。
 「いったい、どうしたんだ?」
 「元にもどっちまった。アシュラは、ギルドスたちと同じように、作られた天才に過ぎなかった」
 「ビアス、どこまで恐ろしい事を……」
 虚ろな双眸で空を見上げる嵐の状態を説明する丈だが、ボルト航空部隊の爆撃が再び街を襲い(映像は第1話の使い回し)、丈は嵐を豪に任せ、あくまでボルトに立ち向かおうとする。
 「丈! やめろ……死にに行くようなもんだぞ」
 「バカ! 罪のない人間がたくさん殺されてんだぞ!」
 「でも……! あんな凄い奴らと、どう戦うというんだ」
 「豪、やっぱりおまえは頭が良すぎるんだな」
 「え?」
 「全てが見えすぎて、だからかなわないと思ってしまうんだ! ……心配すんなって。俺はいつだって根性だけで戦ってきた。そしていつも切り抜けてきたんだ。……頼むぞ」
 勇気と根性と筋肉を武器に学識を否定しすぎるとそれはそれで問題なのですが、『ライブマン』全体のテーマに対する一つの解としてこの最終盤、「どんな優秀な頭脳も、勇気をもって正しい事に使えなくては意味が無い」事が繰り返し描かれ、飛び出した丈は、ケンプ&バトルヅノーと遭遇。
 「丈……生きていたのか」
 「この地球はみんなのもんだ! 一人や二人の天才の勝手にはさせやしないぜ!」
 「ふん、おまえらの台詞はいっつもワンパターンだ。そんな台詞は聞き飽きたぜ!」
 くたばれ!
 丈は生身でバトルヅノーに立ち向かうが、圧倒的な力の差に叩き伏せられ、それを見ている事しかできない自分に唇を噛む豪。
 「すまん、丈……俺がもっと強くて……もっと勇気があれば……」
 その時、項垂れる豪の肩に手を置いたのは、目を覚ました嵐。
 「豪、4+8は幾つだ?」
 なんか、やたらめったら格好いい……!
 「12だけど……なぜそんな事を?」
 「答を知りたかったんだ」
 満足げに頷いた嵐は、豪に背を向ける。
 「これで思い残す事はなくなったぜ。……豪よ、俺たち妙な人生だったな」
 渋く笑った嵐は教会への外へと走り出すと、丈にトドメを刺そうとするバトルヅノーにドラム缶アタック!
 「言った筈だぜ。落とし前は俺がつけるとな。ビアスに見せてやるぜ。俺みたいな馬鹿でも、貴様らには負けねぇ事をな!」
 一方、コロンさんは瓦礫の中で倒れていた勇介とめぐみを救出し、鉄也と純一は……木に引っかかっていた(笑) ……意図としては全然そんな事は無かったと思うのですが、深刻な展開の中のオアシスような映像。
 一寸の虫の意地に燃える嵐は生身に鉄パイプで敢然と頭脳獣に立ち向かい、その無謀な死闘を見つめる、丈、ケンプ、そして豪。散々に攻撃を受けた嵐は遂に腹部にビームを食らい倒れるが、トドメを刺される寸前、傷だらけのライブマンが駆け付け、「生身の肉体」を強調する意図と最終決戦へ盛り立てる意識が重なってか、流血表現が続きます。
 「身の程知らずの馬鹿共が。わざわざ死にに来るとはな。歓迎するぜ。恐獣ケンプ!」
 戦闘員を蹴散らすライブマンだが、ケンプ最高傑作の肩書きに偽りなしのバトルヅノーに大苦戦。
 「思い知ったか。貴様等がいくら足掻いたところで、しょせん我ら天才にはかなわんのだぁ!」
 「待てぇ!!」
 だがその時、付近の工事現場に気付き、ダイナマイトを手に入れた嵐が雄々しく立ち上がる。
 「見てろよ、ビアスぅ!!」
 一握りの天才たちの支配に対し、愚かな、だが、確かに生きている人間の一人として毒島嵐は牙を剥き、ちょっと浪花節なメロディに乗せて、腹マイトで頭脳獣に突撃。あまりの事態にパニックに陥ったケンプが呆然と見ているしか出来ない中、もう、笑うしかない爆発が連続し、その攻撃をくぐり抜けてバトルヅノーに組み付いた嵐は、壮絶な自爆を遂げる。
 「おぉ……おのれぇ! よくも、俺の最高傑作の頭脳獣をぉ!」
 絶叫するケンプだが、それはそれとして淡々とギガファントムされ、巨大バトルヅノーは、嵐に捧げる正面突破だ、の勢いに乗るライブボクサーのミラクルパンチであっさりと撃破。
 「毒島嵐……急に天才にされ、また元に戻って、最大の被害者は、あの人かもしれないわね」
 荒れ狂う風に雪が交じる中、丈は廃墟の中に転がった血に濡れたランドセルを発見し、直球……。
 「みんな……これから本当の戦いだ。だが、絶対に負けるわけにはいかないんだ」
 ナレーション「勇介の言葉通り、まさにこれからが、本当の天才たちとの、最後の戦いが始まるのだ。来たるべき、厳しい戦いを暗示するような、激しい雪と風の中に、いつまでも立ち尽くす、ライブマンであった」
 そしてそれを見つめる豪の心境やいかに……? でつづく。
 ドクター・アシュラこと毒島嵐が壮絶な自爆により退場となり、演じる岡本美登さんはこれで4年連続で幹部級悪役として出演した上で、終盤のゲスト的だったボー・ガルダン(『超新星フラッシュマン』)を除いた3作においていずれも劇的な散りざまを見せつけ、スタッフが愛しすぎです(笑)
 キャラとしては個人的に同期する要素が薄く捉え方の難しい存在であり、学業エリートに対するコンプレックスの要素も使い切れなかった印象ですが、ともすると、なんだかんだエリート同士の争いになってしまうところに、社会のはみ出し者という要素は必要なスパイスであったのかもしれません。
 その上で、決して純粋悪ではなかったという形で葬られたのは今作終盤の一貫した描写となり、「豪、4+8は幾つだ?」は言い回しも含めて非常に印象深い台詞でした。
 そして、4+8は簡単に解けても、自分が何をすればいいのかの答を見つけられない豪は、嵐から受け取ったパスにどんな答を見出すのか?
 この最終章、
 ギルドス〔ロボット〕 → ブッチー〔ロボット(作られた天才)・落伍者〕 → アシュラ(嵐)〔作られた天才・落伍者・妙な人生〕 → 豪〔落伍者・妙な人生〕
 と、キャラクターの持つ要素を次に繋げていくことで、連続する退場者の意味づけを強化し、劇中のテーゼを掘り下げていくのが良く出来た構成で、次回も、引き続き、激動!!