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珍しく当日『ルーブ』

ウルトラマンルーブ』感想・第20-21話

◆第20話「星屑の記憶」◆ (監督:伊藤良一 脚本:小林雄次
 回想シーンで1300年前のグルジオ担当はサキであったとあっさり明かされ、アサヒによる解説の内容が前回の昔語りでサキが濁していた部分(ルーブ兄弟はサキの実兄、グルジオ=サキ、など)まで詳細に説明しているのは、実際には前回そこまで踏み込んで語られていたたという事なのか(演出的にはそういう見せ方ではありませんでしたが……)、アサヒの謎に関わる事なのか、単に連携が取れていないだけなのか。
 アイゼンテック社の地下の何やらの影響で古代の地層が刺激されて眠っていた怪獣が目覚めたとかで突然ゴモラが現れ、前回ルーブ兄弟を一撃で瞬殺した怪獣拘束光線をあっさり無効化し、回想による種明かしも、気がつくと地球に在来していた事になっている怪獣の出現も、諸々の戦力ヒエラルキーの描写も、ビックリするほど雑。
 ジャイロは無いけどともかく外に出た湊兄弟は、怪獣が迫るアイゼンテック社の前でサキと遭遇。状況設定が前回と丸被りな上で、地球爆破宣言を行っているサキに対して「自分で召喚した怪獣を自分で倒して人気取りするつもりだな!」と糾弾するイサミがだいぶピントが外れているのですが、前半の愛染の行動を面白く活用しようとして、思い切り空振りした印象。
 3人で協力して戦えないかと交渉を試みるカツミは、拒絶したサキの念動波による攻撃を受けながらも、瓦礫の下敷きになりかけたサキさえ咄嗟に守ってみせるが、兄の形見であるジャイロに執着している割に長らく放置、怪獣が迫ってくると右往左往、圧倒的な力で兄弟を痛めつける割に頭上は無防備、というサキの間の抜け方が、キャラクターとして統合されていないので何もかも話の都合にしか見えず、どうにも劇的になりません。
 「ジャイロがあってもなくても関係ない。目の前に救える命があれば全力で守り抜く。それがウルトラマンってもんだろ!」
 カツミの啖呵もしっくり来なくてずっと考えていたのが、ようやく言語化できたのですが……そもそも兄弟って「ウルトラマンであろう」としているわけではなく、兄弟の行動がたまたま「ウルトラマン的」だった為にルーブと共鳴して力を得た、という部分にこそ兄弟のヒーロー性の本質があるわけであり、肝心なのは「ジャイロの有無」ではなく「ウルトラマンであろうがなかろうが」だと思うのですが、これだと、「ウルトラマンだから」「ジャイロがあってもなくても」「目の前に救える命があれば全力で守り抜く」という事になってしまい、根本的な所で本末転倒を起こしているように思えます。
 兄弟のヒーロー性は「ウルトラマンであってもなくても」「目の前に救える命があれば全力で守り抜く」所にこそある筈で(だからこそジャイロに共鳴した筈なので)、そういう点でそもそも「ウルトラマン失格」とか「素人ウルトラマン」とか、兄弟が「ウルトラマン」である事を否定してくる愛染やサキと構造的に噛み合っていないのですが…………ああ成る程、ようやく自分が、どうしてここまで『ルーブ』にピンと来ないのか、に辿り着けた気がします。
 つまり今作は、最初に示された兄弟の本質的なヒーロー性(z)と、それに対するネガ存在(x)が噛み合っていないのですが、物語の軸が途中からそのネガ存在(x)に移ってしまっており、結果として兄弟は自身のではなく仇役のこだわりに付き合って「それがウルトラマンってもん」を語るに至り、本来は主人公であった筈の二人が、むしろ、ネガ存在(x)のネガ存在(y)になってしまっている。
 そしてそのネガ存在(x)が兄弟の持つヒーロー性(z)とは噛み合っていない為に、ネガ存在(x)に対するネガ存在(y)となった兄弟は、もはや元来のヒーロー性(z)と対称的な存在では無くなってしまっており、この断層の発生――具体的には第8話以降――こそが、私が今作にどうにも入り込めなくなった、大きな要因であったのだろうな、と。
 では前半のネガ存在である「愛染マコトとは何だったのか」というと、ここに至ってみれば兄弟を「ウルトラマンにこだわらせる為の仕掛け」だった、という事になるのですが、愛染そのものの「ウルトラマン」観が『ルーブ』という作品の外側と接続されている為、愛染のネガ存在にスライドさせられた兄弟のこだわる「ウルトラマン」観も必然的に『ルーブ』世界の外に接続されており、最終的にカツミが「ウルトラマン」について何を言っても、湊兄弟自身の積み重ねがそこに存在しない、という事になっています。
 突き詰めれば現状の今作は、誰も彼もが物語の外側に存在する巨大な概念としての《ウルトラマン》を引用している世界であり、そういえばサキが格言の引用を繰り返すキャラクターである事を思うと、もしかしたら意図的な構成なのかもしれませんが、湊兄弟もその引用に飲み込まれている状況は、全く魅力的に感じないのでありました。
 「まさか……ジャイロが二人を選んだというのか」
 サキが確保していたジャイロがびゅわーんと飛んできて、兄弟はルーブに変身。一応劇的な形でウルトラマン復活! みたいな展開にしておいて、その二人が負けっぱなしのまま終わる(足下の自動車を救って主張を実践、みたいに描いていましたが、リアリティバランス的にはむしろやらない方が良かった感)、というのがまた、首をひねる今作の傾向ですが、未熟なウルトラマンの成長を描く、にしても別の見せ方があったのでは……。

◆第21話「あめ玉とおまんじゅう」◆ (監督:伊藤良一 脚本:根元歳三
 「イサミ……俺が、俺が間違っていた」
 「え?」
 「俺達はなんだ?」
 「なんだ、って……」
 「あいつの言う通り、俺達はウルトラマンじゃない。ヒーローでもな。俺は湊カツミ。おまえは湊イサミ。湊アサヒの兄貴だ。俺達のやるべき事はなんだ?」
 「妹を……アサヒを守る」
 「そうだ。アサヒの命を、全てを守る!」
 昨晩、上述の第20話の感想を書きながら『ルーブ』のどこに引っかかっていたのかの核を掴んだ勢いで珍しく当日に『ルーブ』を見たら、丁度その問題点に切り込むエピソードでビックリしたのですが、長かったなぁ……長すぎたなぁ。
 第21話にして、約1クール迷走していましたが初心に戻る事にしました、というのがどうかと思うのですが、これにより前回のカツミの啖呵は見当外れだった事になり(そういう点で、ゴモラに勝てなかったのは当然、とはいえますが)、それに応えて飛んできてしまったジャイロの立場は。
 引用状態から抜け出した事は大変良かったのですが、傷跡が深すぎてリカバリーできるのか……。
 「古き友は言った……いや、嘘だ。この星に友など居た事はない。かつても、これからも。……私は……地球を破壊する!」
 アサヒから貰った飴玉を一息に噛み砕いたサキ@狼怪獣に対して、ルーブ兄弟は極を発動。
 「まだ立ち上がるのか。偽物のウルトラマンが」
 「偽物上等! 別に本物になんかなりたかねぇ!」
 「俺たちはウルトラマンじゃない! ……俺は、湊カツミ!!」
 「俺は、湊イサミ!!」
 「父さんはウシオで、母さんはミオで、妹はアサヒ! 俺たち湊家は、地球の日本の綾香市の、クワトロMの、ただの家族だ!」
 怒濤の攻撃で狼怪獣を追い詰めた極だが、トドメのボルテックバスターは撃たずに分離。
 「俺はアサヒの全てを守る。アサヒの命と、願いを」
 「だから倒さねぇ。おまえの事は、ぜってぇ許さねぇけどな。お前も倒さないし、地球も爆発させないし、ルーゴサイトにも勝ってみせる」
 「アサヒと父さん、それに、母さんが帰ってくる場所を守る為に」
 サキは人間体に戻り、使命ではなくて兄たちの復讐なのでは、と問われて逃げ出すと、それを追った3人と共にアイゼンテック社内にあるルーブ兄弟が死んだ場所に辿り着き、そこに揃った3つのジャイロが輝くと、謎の空間から消えた母の手が……?! でつづく。
 ようやく引用の呪縛を逃れた湊兄弟が俺達は何かを取り戻し、最終盤、逆転ホームランで『ルーブ』としてのヒーロー像に辿り着く一縷の望みが復活しましたが(正直、この3話ほど絶望していた)、出来れば、シスコンは宇宙を救う、以外の着地を(笑)