『救急戦隊ゴーゴーファイブ』感想・第46話
◆第46話「火を吹く消防ロボ」◆ (監督:渡辺勝也 脚本:小林靖子)
予告からてっきり宮下脚本かと思ったら小林脚本がもう1本でしたが、小林さんが脚本家になったきっかけが『特警ウインスペクター』だったそうなので、紛う事なき“<レスキューポリス>の子”であり、かつてナガレが開発に関わり、現場で活躍中の消火ロボット・ビックドーザー……の名前には、どうしてもソルドーザー(『特急指令ソルブレイン』に登場するサポートロボ)を思い出します。
色も黄色い。
そんなビックドーザー(通称:ビック)が出演するイベントに顔を出すナガレとショウだが、サラマンデスの仇を討とうと一人仕事に励むピエールが、上司の決裁手続き無しで済む省エネ作戦を展開する為にビックを強奪。新春大売り出し災魔カード福袋の勢いで余り物をミックスされると、破壊の化身・災魔ビックとして人類の常識を覆す巨大ロボになってしまうのであった!
……ある意味これは、第9話「盗まれた能力(ちから)」(監督:渡辺勝也 脚本:宮下隼一)」において生み出された、アンチハザード人間の裏返しなのでは(笑)
消化剤の代わりに火炎を噴射する災魔ビックは街を焼き払うとビックバルカンでVロボを迎撃し、この、どうしてそこに殺傷力のある武器を積んでいるの?! に治安の悪い<レスキューポリス>感が迸ります(笑)
……まあ今回に関しては、災魔カードの融合により既に消火ロボットとは違う生命体になっており、バルカンはあくまで胸から生えてきたもの、という扱いのようですが。
90年代前半までなら多分、普通に標準装備。
「いいぞビック! そのままゴーゴーファイブに、トドメを刺してやりなさい!」
勢いに乗るピエールだが、TVの具合が悪いときはこの角度ぉ! とVロボの連続パンチで鉄拳制裁を受けたビッグ(今回は、相手が相手なのでひとまずVロボに説得力あり)は、殴られた拍子に挙動がおかしくなると、動きを止めて小型化。
そのままベイエリアに引き取られてスキャンを受けたビッグは、現代科学では修理不可能の診断を下され、出た結論は――解体処分。
「冗談だろ……ナガレにぃ!」
「あいつはもうビックじゃない。……サイマ獣だ」
消防時代、幾度か共に現場に出ていたショウからビッグへの思い入れを強調し、“情”と“理”の衝突という主題に、ショウとナガレをそれぞれ当てはめて『ゴーゴーファイブ』に落としこんだのは、これまで無かった青緑回も埋めて上手い組み立て……だったのですが……。
「……わかるだろ。燃料もないのに動いてるんだ。普通じゃない」
「それなら……それなら生きてるって事じゃねぇか!」
「……災魔が与えた命でな。今のビックは、いつ暴走を始めてもおかしくないんだ。そうなったら、街が危険にさらされる」
……のを、ベイエリア55の一室に拘束もせず歩き回らせていても良いの?!
やはり、いざとなったら、この部屋ごと自爆するのが宇宙最強のセキュリティなのか。
以前のライナーボーイ回も拾う形になったショウの感情移入そのものは不自然では無いですし、その補強として、意識を持った生命活動に見えるもの、を画で強調したかったのはわかるものの、つい先程まで巨大化して街を火の海にしようとしていたロボット相手への対処として生ぬるすぎて、今作としては致命傷レベルの切迫感の欠落になってしまいました。
「でも……生きてれば心が生まれるかもしれないだろ?!」
「……ビックは、もともと車やテレビと同じだ。意志の無い、ただの機械だ。安全の為には、解体するしか――」
「あんだけ一緒に居たのに、よくそんなことが言えんな?! 科学者ってのは、そんなに冷たくなれんのかよ?」
激昂したショウは、努めて感情を殺そうとするナガレを殴り飛ばし、ショウとナガレのシリアスな二人芝居、という状況設定は良かったですし、台詞のキレも悪くはないのですが……心が生まれれば、それはイコール“善の心”というのも錯誤ですし、既に明確な実害が出ている以上、ショウの言い分が「人を襲ったクマを可哀想だから山に帰そう。山に帰れば大丈夫」レベルなのは、“情”による揺らぎを描くにしても、これまで、前職の経験を土台に描かれてきた救命活動のプロフェッショナル、ゴーゴーファイブの一員としてはあまりにもいただけません。
そこでビックを「守るべき命」の枠組みに独自の解釈で押し込んで表向きは筋を通そうとしているのですが、その倫理的判断は率直に今作の枠をはみ出して主題として手に余ってしまい、小林脚本としては割と珍しく、問題提起がクルクル頭上で空回りしている印象。
外ではマトイが、ナガレとショウの決めた事に従う、と言明して「長兄判断による介入」を否定してみせるも、いやもう、そういうレベルの問題では無いのでは……?
災魔絡みという事で首都消防局から処理を一任されているのかもしませんが、ビックドーザー、巽家の所有物なわけでもなく、ボタンの掛け違いが連続してすっかり全裸みたいな状況に。
(その点では、「ビック」のところに「ミント」を置いたら、もうちょっと全体の説得力が上がったかもですが)
次男と三男のやり取りは決裂すると、ショウがビックと共に逃亡した、と特に慌てる事もなくナガレが扉から出てくる姿は、もはやグルでは?? といった映像となり、とにかくショウとビックを手分けして探し回る兄妹。
「ビック……おまえ、車やテレビなんかと一緒じゃないだろ。俺の言っていることわかるよな? わかる筈だ」
回想シーンでビックとショウ&ナガレの関係性が補強され、ただの機械人形ではない、“仲間”としての心をビックに見たいショウだが……人類の科学と災魔の魔術が奇跡の融合を果たした災魔ロボと化しているビックは公園で市民へと火炎放射を向け、ギリギリでかばうショウだが、負傷者が発生。
「ビック……!」
「ちーーっす」
ショウの絶望的な叫びに対し、プログラムの偶然が生んだ愛嬌だった挨拶を、こともなげにビックが返すのが、すれ違いとして痛烈。
……と、要所に悪くない場面はあるものの、ビックのもたらした被害と、その後の対応の甘さ、の掛け違いが致命傷すぎて出血が止まりません。
「……おまえが、心が生まれるかもしれないって言った時、本当は俺もそう信じたいと思った。けど……都合良く奇跡は起きてくれないもんだな」
「ナガレにぃ……」
……いやもう、奇跡を願うとか願わないとかいう段階は、巨大化火炎放射の時点でとっくに通り過ぎていると思うわけなのですが。
ナガレとショウが合流している間に、ビックは湾岸地区で暴れ出し…………ううーん……映像の派手さを優先してまま起こる事故ではありますが、次々とビルが吹き飛び人々は逃げ惑い、ショウの完全な私情による不手際としては被害が派手すぎて、これこそゴーゴーファイブ解体レベルの大失態。
何か既視感あるな……と思ったらこれ、《ウルトラ》シリーズがたまにやらかす「現在進行形の被害を無視した怪獣同情論を展開して話がしっちゃかめっちゃかになるやつ」(《ウルトラ》の場合、「怪獣の方に理がある」ので筋が通るパターンもありますが)で……小林脚本だって下手打つ時は打ちますが、それにしてもちょっと珍しいレベルの大大災害(パッと思いつくのだと、『シンケンジャー』第二十幕「海老折神変化」ぐらい)。
“消防の大事な仲間”だからこそ、これ以上ビックに破壊をさせるわけにはいかない、とナガレが差し出したオレンジジャケットをショウは身に纏い、ジャケットのオン/オフが、ヒーローのスイッチ切り替えになるのは、視覚的に鮮やかで、今作を通して良い演出となりました。
ピエールらの妨害を突破し、タンクローリーを爆破しようとするビッグを止めようとする青緑だが、急に動作停止したビックに戸惑った隙を突かれて、タンクローリー側に投げ飛ばされたところに炎を噴射され、殺意、思ったより高かった(笑)
青緑はVマシンガンを構えると絶叫と共にシュートし、「ちーーっす」の言葉を残して、ビックは木っ葉微塵。
そこからの再生巨大化はなく、Aパートで一応巨大戦をやったので後半は無し、と今作では珍しい変則組み立て。
「災魔……ぜってぇ許さねぇ!」
ナガレはビックのエムブレムを手に取り、ショウはその残骸に敬礼を送り、夕陽に向けて怒りを叫ぶマトイだが――それぞれの感情が交錯した一瞬の空隙に、音もなく忍び寄った真紅のサソリがマトイの首筋に張り付くと解けるように消え去り、コボルダとディーナスが不気味な笑いを響かせて、つづく。
迸る<レスキューポリス感に加えて終盤での青緑回、と予告からはかなり期待していたので、ビックの処遇に関するボタンの掛け違いに次ぐ掛け違いと、後の『仮面ライダーゼロワン』の問題点を20年ほど先取りしたような内容が、とにかく残念な一本でありました。
気を取り直して次回――マトイの危機に弟妹4人が根性見せる、というのは作品最終盤としてシンプルに熱く、そして冥王まさかの復活?!
ピエールの拾った形見からラストチャンスがあるかとも思われたサラマンデスですが、どうやらジルフィーザ復活が選択されたようで、予告の雰囲気からすると入れ替わりでディーナス退場……? と災魔サイドの動きも慌ただしくなり、災魔一家それぞれにどういった終着点を用意していくのかは、楽しみなところです。