海とコインと幽霊船
●『名探偵と海の悪魔』(スチュアート・タートン)
時は17世紀――バタヴィア(ジャカルタの旧称)とアムステルダムを結び莫大な利益をあげる東インド貿易会社の貿易船に、バタヴィア総督とその家族らが帰国の為に乗り込もうとしていた。
だが出発直前、喋る事が出来ない筈の病者が船に破滅の予言を告げて焼け死に、不審な死の調査もそこそに出向した船の帆には、いつの間にか不気味な紋様が記されて風に翻る……ただでさえ困難極まる航海において、船上で次々と起こる怪事、背後に蠢く悪魔の影、謎の積み荷《愚物》――頼みの名探偵が独房に囚われている中、調査を託される探偵助手の活躍や如何に!
と盛りだくさんの海洋冒険歴史ミステリで、いやぁ面白かった!!
17世紀の船上を舞台にしている為、物語世界を飲み込むまで若干ややこしいですが、囚われの名探偵サミー、コンプレックスを抱える探偵助手兼用心棒アレント、聡明だが身分と性別ゆえに自由気ままには動き回れない総督夫人サラ、といった主要キャラの描写が鮮やかで、謎の配置も巧妙。
物語の開幕を告げる病者の死の謎に続いて、
サミーはなぜ虜囚とされたのか?
少年時代のアレントに何があったのか?
サラが胸に秘めた計画とは?
傲慢で冷徹な総督の真意はどこにあるのか?
それぞれの人物の思惑や秘密が複層的に絡み合い、誰が、何が、信用できるのか。
更にそこに、迷信深い船乗り達の理屈、かつてヨーロッパを襲った悪魔と悪魔狩りの残党、謎めいた積み荷……といった神秘的な要素も絡んで、グイグイ読ませます。
また、当時の遠洋航海の様子について紙幅を割いて舞台の臨場感を上げつつも、衛生面を筆頭に、現代の読者にとって読みにくそうな部分については、最低限は触れるが適度にオミットしている感があるのに加え、主人公といえるアレントは、かなり現代的な倫理観・女性観の持ち主である“気高き好漢”として描かれており(何故そうなのか、の劇中での理由付けもしっかりあり)、歴史を踏まえつつエンターテイメントとして読者への配慮が随所に見られるのも、鈍器のような厚みと重さながら、読みやすい一冊でした。
面白かったです。
いずれ、同作者のデビュー作にしてヒット作である『イヴリン嬢は七回殺される』も読んでみたいところ。
●『幽霊船が消えるまで』(柄刀一)
事件あるところ名探偵が居るのか、名探偵が居るから事件が起きるのか。
フィリピンからの帰路、またもトラブルに巻き込まれた天地光章と龍之介、幽霊船と消えたネックレスの謎を追う表題作他、全6章からなる《天才・龍之介がゆく!》シリーズ第2作。
一作目と同じく実質的な連作短編の形式で、様々な事件に出くわしては解決しながら、龍之介を巡る物語が少しずつ進展していくといった作りになっており……各章それぞれ趣向を凝らしてはいるのですが、全体的に小粒。
なまじストーリーが時系列に沿った連続性を持っている分、一つ一つの短編の切れ味で勝負するには状況設定の飛躍が用い辛く、かといって長編としての面白さが出るほど全体が密接に繋がっているわけではなく、どちらかというと短所の方が目立つ構成でした。
とはいえ、前作に続いて今作でも、長編シリーズとして次回への“引き”を残して終わるのは小憎らしいところで、そこはまんまと気になってしまうのでありました(笑)
●『インサート・コイン(ズ)』(詠坂雄二)
「俺の仕事は、ここでも物語をでっちあげることなわけです」
「いいよ。それで」
やはりこの作者は、“ノンフィクションを仕立て直したフィクション”という体裁で、語る/騙る、ことに対する意識が面白いな、と改めて思った次第。
「穴へはキノコをおいかけて」「残響ばよえ~ん」「俺より強いヤツ」「インサート・コイン(ズ)」「そしてまわりこまれなかった」
全5編、章題にピンと来たら近い世代、な実在のゲームを題材にした、ゲーム×創作×ミステリの連作短編集で、ノスタルジーの素材に留まらないしっかりとしたゲーム論の展開に、ミステリ論や創作論も取り混ぜながら、なによりも、30を前にしたフリーライターが、見えない未来に向けた鬱屈と懊悩を抱えながら、もがいてあがく様を描いた大人の青春小説。
ミステリ畑の作者だけにミステリの文法を用いてはいるのですが、謎解き小説として読むと肩すかしになるかとは思われ、大枠はあくまでも、フリーライターという創作者の立場から、懐古するには近く、かといってあの頃の根拠無きスターの時間はとうに終わってしまい、失っていく青臭さにしがみつくべきか捨て去るべきかで揺れ動く男の物語、といった感。
それが刺さる刺さらないかは(世代も含めて)個人差が大きそうであり、個人的には今ひとつピンと来る方向性では無かったのですが、表題作「インサート・コイン(ズ)」は“創作者小説”として秀逸で、ツボにはまる内容でした。
個人的には、この一編だけでも、一読の価値のあった一冊。
「俺らは多分、その連コインをやってるのさ。いい年してゲームに拘って、何か普遍的なものが語れると、どっかで信じてる。それどころか、次にはもっと面白い、見たことのない景色が見られるんじゃないかって期待までしてるんだ。客観的に見れば度し難すぎるだろ」
なるほどと詠坂は頷き、だとしてもと続けた。
「懐にコインが残ってる限り、帰宅はありえないでしょう」
「ああ、ありえない」