コージーボーイズ、あるいは捜査線上の星図
●『捜査線上の夕映え』(有栖川有栖)
マンションの一室で、トランクケースに詰められた男の腐乱死体が発見される。
被害者はその部屋の住人、凶器は室内にあった龍の置物……金銭や痴情のもつれが絡んだ発作的な犯行による単純な事件かと思われたが、死体発見が遅れた事から殺害時刻や殺害現場を完全に確定できず、捜査線上に浮かび上がった容疑者はいずれも、うっすらとした動機と完全なアリバイを持っており、捜査は難航の様相を呈し始める。
コロナウィルスによる非常事態宣言が解除され、政府がGo To トラベルを推進するも、感染の第三波の予測にまだまだ人々の生活が活況を取り戻せない中、大阪府警の要請を受けてフィールドワークを再開した火村と有栖は、果たして監視カメラと“旅”が作り出した堅牢な壁を打ち崩す事ができるのか。
久方ぶりの《火村》シリーズ。
在野の名探偵を、警察小説と如何に融合するのか、の志向が強いシリーズですが、今作では、多くの人々がマスクをしている中での顔確認や、事情聴取や会議での「密」回避の腐心など、コロナ禍における捜査の苦労が繰り返し描かれると同時に、感染状況が落ち着いたタイミングで揃いも揃って容疑者が“旅”に出ており、アリバイ確認に手間がかかるなど、2020年当時の世相を反映した警察小説の趣が強め。
一方の名探偵は、下宿先のばあちゃんの為に可能な限り外出自粛していたり、リモート授業その他の不便を囲っている教え子たちへの気遣いを吐露したりと、可愛げが2割ほど強め(笑)
派手なところはなく、容疑者も限られているが、どこか不明瞭さが付きまとって核心に近づけない事件を、丹念かつ地道な捜査で薄皮一枚ずつ剥がしていく過程がじっくりと描かれ、率直に300ページほど非常に地味な展開が続くのですが――小説の巧さとシリーズキャラクターの積み重ねにより決して退屈ではないのですが――、ある一点を契機にギアが上がるとぐっと面白くなっていき、火村、有栖、そして事件関係者たちの心情が一点に収束するラスト(厳密には、最終節の一つ手前)は、非常に美しかったです。
とある人物の火村への問いかけと、それに対する火村の答が、今作の幕切れとしてお見事。
謎解きについては、トリックが弱かったり、せめてもう一本は伏線を、というところはありましたが、新型コロナに見舞われた世相をベースに、その不透明感や不安定さを事件の有りようと重ねる形で題材にしつつ、同時に“旅”を主題に据えているのが巧妙で、9割方65点なのですが、ラスト数ページだけ100点を叩き出してきた、みたいな一作でした(笑)
後、作中で作家アリスが与えられた課題に対して、外枠で有栖川有栖が応えてみせているのが、ちょっとニヤリとさせるところ。
つまるところ今作の本質は「○○小説」で、それは恐らく火村先生のある一面を示しているのだろう、とそんな事も思うのでありました(後で読むと自分で首をひねる事になるタイプの感想)。
●『コージーボーイズ、あるいは四度ドアを開く』(笛吹太郎)
月に一度、コージーミステリ好きの4人が集まってミステリ談義や四方山話に花を咲かせる《コージーボーイズの集い》。時にはゲストが持ち込んだ不思議な話の謎解きに頭をひねって四苦八苦するのだが、真相を言い当てるのはいつも、ダンディーなカフェのマスター・茶畑さんなのであった。
アイザック・アシモフの《黒後家蜘蛛の会》シリーズのスタイルを踏襲した、安楽椅子探偵もの『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』に続く、短編シリーズ第2集。
前作は、読み味のいい語り口と、概ね“日常の謎”への洒落た謎解きで面白かったですが、今回もアベレージの高い短編集でした。
全7編の中でお気に入りは、大物ミステリ作家が娘に出したクイズに挑む表題作「あるいは四度ドアを開く」、事故で記憶を失った漫画家に変わってミステリマンガのトリックを探り当てる「あるいは屋上庭園の密室」、バーのママから予言された不幸があまりに見事に的中し、予言の有無について悩む「あるいは予言された最悪の一日」。
個人的には「屋上庭園の密室」が今回の白眉で、別にそういう状況に陥った事があるわけではないのですが、なんともいえない“わかる気がする感”が漂い続けた末の、オチの一言が最高でした。
あと、「予言された最悪の一日」は、謎解き事態はさほど面白くはなかったものの、真相がわかった時に見えてくる予言者の真意に含蓄があるのが、“謎の奥”として良かったです。
集いでの謎解きの後、後日談でオチが付く(真相が確認される)のが基本パターンなのですが、そこの使い方が巧い。
●『なぜ「星図」が開いていたか』(松本清張)
長短含めて一冊「松本清張」は、初。
1978~79年に雑誌に掲載された、作者初期のミステリ作品を集めた傑作集(デビュー当時は、時代劇畑の有力新人と目されていたとの事)。
個人的好みからはそこまでピンと来るものはありませんでしたが、文章は割と淡々としながらも、登場人物の心情について必要に応じてスッと入ってくるので物事の成り行きに納得しやすく、入門編として読みやすい作品集でした。
一番面白かったのは、過去の罪が追いかけてくる、という巻頭の「顔」と同系統のアイデアを使いながら、よりサスペンス性を高めた「共犯者」。
そして毎度ながら、昭和の個人情報への感覚が怖い(笑)