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ようやく秋の読書メモ

宮部時代小説の傑作!

●『おまえさん』(宮部みゆき
 『ぼんくら』『日暮らし』に続く、よく言えば大らか、悪く言えば大雑把、万事に鷹揚で面倒くさがりだが意外に面倒見のいい中年同心・井筒平四郎を主人公にした時代ミステリシリーズ第3弾。
 前作『日暮らし』(書いたつもりで感想書くのを忘れていた……)は、第1作『ぼんくら』の後始末というか完結編の趣が強く、『ぼんくら』の主要人物の一人が困難な状況に置かれるなど、どこか薄暗い緊張感といったものが張り詰めて読み味の重さになっていたところがあったのですが、今作では冒頭から斬殺された死体を巡る謎は提示されるものの、物語の空気にはカラッとしたところがあり、著者の筆遣いも実に軽妙。


 本所深川方の定町廻り同心には見えないものも、町の煮売屋のおばさんにはよく見えている。だから、お徳の説教には文字通りの徳があり、お徳のやることには実がある。お徳が何か言い出せば、幸兵衛長屋の住人たちだけでなく、近所の者たちもみんなそれに従い、ついてくる。


 「んじゃ、身内を盥回しか」
 大叔父の従兄でも親戚は親戚だ。もっともかなり遠いから、この盥、うんと勢いをつけてぶん投げられてきたのだろう。


 冬枯れの雑木林のなかで、すっかり裸になった木の枝に、ぽつりとひとつ、柿の実が残っていることがある。遠くからでも目を惹かれる眺めだ。白っちゃけた景色を彩る紅一点。
 おさえの紅いくちびるは、ああいう柿の実にそっくりだ。そこだけに色があり、陽に照り映えて生き生きとしている。

 シリーズも3作目となり、絶世の美少年で頭脳も冴える甥っ子・弓之助、今作における素朴な善性の象徴といえる総菜屋のお徳、頼りになる岡っ引きの政五郎……といったもはやお馴染みの面々と、八丁堀の俊英や空樽問屋の訳ありおかみなど、新たな登場人物たちの関わりもそれぞれ味があって楽しく、人物造型に文章表現、物語の組み立てに適度なユーモア、圧倒的な小説の巧さが隅々まで張り巡らされて数ページごとに(こいつは凄い……)と唸らされ、もうここまで来ると、“読む快楽”のレベル。
 文庫上下巻で1200ページという分厚さながら、久方ぶりに“まだ後これだけ、この物語世界を読んでいられるのか……”と嬉しさもあり寂しさもありな心持ちとなり、ページをめくる手は止められないがもっともっとじっくり味わいたくもなる、そんな一作でありました。
 本所深川で発見された身元不明の死体と何故か地面に残り続ける亡骸の痕に端を発し、訳ありげな人物たちと大小幾つかの出来事が錯綜する中で、新たに起きる薬問屋の主殺し。死体の検分から、八丁堀のご隠居は二つの事件の関連性を指摘するが、果たしてその糸はどこにあるのか……?
 連作短編が長編に繋がっていく作りだった前2作に比べると、導入から死体の謎と過去の糸をじわじわとたぐり寄せていく如何にもな長編ミステリの仕立てになっており、平四郎がコンビを組む事になる若き同心・間島信之輔との捜査行を描いた刑事小説の赴きに、頭も切れて腕も立つが、あるコンプレックスを抱える信之輔に平四郎がなにくれとなく世話を焼くのも面白みの一つ。
 勿論、美貌の甥っ子・弓之助も活躍し、平四郎が大人と奉る細君にも見せ場あり、おまけに藤沢周平オマージュの香りのする“秘剣”までついてサービス精神も行き届き、最終的な謎解きにはやや弱さがあったものの、それとて、真犯人の“動機”について読者がストンと胸に落ちる為の仕込みが前半からしっかりと張り巡らされており、いや、お見事でした。
 終盤、事件の絵解きがなされると共に、脇筋と思っていたものが本筋に、かと思えば本筋から脇筋へ、張り巡らされていた因縁や、様々な人と人の生き様が、闊達にして縦横無尽に繋がっていく様は、まさに圧巻。
 ……私にとって宮部みゆきは、こんなシチュエーションで胸を打つものを読ませてくれるのか、という作家でもあるのですが、とある登場人物を巡る人間関係の巡り合わせには、実に痺れさせられました。
 先頃読んだ『あかんべえ』同様、今作も、光の当て方次第でいかようにも変わって見える人の顔、というのが(普遍的でありますが)大きな主題の一つと思われるのですが、1200ページの中で丹念にそれを書き進めていき、登場人物たちがその万華鏡に各々振り回される滑稽さもあれば、そんな人の世と向き合う若者たちの成長譚でもあり、人生の半ばからそれ以上を過ぎた者たちの悲喜こもごも光と影も描かれて、前2作を踏まえてこその面白さではありますが、読み応えのある大傑作。


 つまり、人が人をどう思うかということなど、何かの拍子にころりと変わるのだ。掌を返せば雨、掌を返せば雲。今まで見くびっていて、相済まぬ。

 2025年現在、シリーズ直接の続編は出ていないようですが、《きたきた捕物帖》シリーズが今作の20年後ぐらい? を舞台としており、何人かの主要人物が顔を出しているので、今後もそういう事があるのかもしれません。
 ……しかしこうなると、《三島屋変調百物語》シリーズにも手を伸ばしてみるかどうか……「怪談」物だというので、とりあえず避けていたのですが、今作が面白すぎて。

●『阿津川辰海読書日記 ぼくのミステリー紀行<七転八倒編>』(阿津川辰海)

 WEB「ジャーロ」連載中タイトルの書籍化第二弾。前巻にあたる<新鋭奮闘編>に続き、知性×情熱×物量、の融合が生む強烈な読み応えで、新刊・再読もろもろ交えた純粋な読書の物量と、そこから好きな本を紹介したいという情熱を、実作者としての知見も含めた著者の知性を感じる文章が読ませる、圧巻のブックレビュー。
 前巻途中から著者がリミッターを外して文字数制限を撤廃した勢いは今巻でも続き、


 今、恐らく私の正気が疑われているところでしょう。何はともあれ、この「読書日記」をいつも読んでいる皆様なら、この後の流れを察したと思います。
 僭越ながら、全作レビューを始めます。

 が連発される、35回分の日記と13本の文庫解説を収録した怒濤の約500ページ!
 月の新刊から往年の古典、日本から海外、長編から短編、とジャンルミステリの分野を幅広く横断してくれる他(ちょっぴりSF)、新刊と合わせて、その作者の好きな過去作品に触れてくれるのがブックガイド的に読む際には有り難く、色々と、手を出してみたい作品/作家が増えました。
 やはり、ジェフリー・ディーヴァーに再挑戦するか……(読むと面白いのですが、消耗が激しい為、2冊しか読んでいない)。

●『三人目の幽霊』(大倉崇裕
 憧れの大手出版社に就職した間宮緑が受け取った辞令は、「季刊落語」編集部勤務。落語を全く聞いた事の無かった緑だが、業界に関わって30年、大ベテランの編集長・牧の指導を受けながら落語漬けの日々を送る中で、寄席を狙った悪質な悪戯騒ぎや、悲劇的な事件のあった山荘を巡る謎、白紙になった絵画の秘密など、様々な事件に振り回される事に……。
 というわけで、『殲滅特区の静寂』が大変面白かった大倉崇裕のデビュー作となるシリーズ短編集。
 落語見習いの新人編集者・間宮緑を語り手に、切れ者の編集長・牧を探偵役とし、落語界を主な舞台とした“日常の謎”物といえますが、幾つかの短編において“芸の世界の理屈”(いわゆる“異常な論理”)が事件に密接に絡んでいるのが特徴的であり、それを面白がれるかどうかで、評価に差が出そう。
 個人的に、その部分はもう一つピンと来ないものが多かったのですが、落語のネタをくすぐりだけではなしにエピソードの展開にしっかりと絡め、文章もこの時点で充分に読みやすく、出来は達者。