刑事×炭坑×怪獣
●『退職刑事 1』(都筑道夫)
元刑事の父親が、現職刑事である息子から捜査中の事件の話を聞いて鮮やかに解きほぐす、本邦“安楽椅子探偵”物の、古典中の古典。
タイトルは頻繁に聞くも長らく未読だったのですが、雑誌編集者を務め、ミステリに関する評論もある著者だけに、なによりも著者あとがきにおける、“安楽椅子探偵”物の定義と分析の仕方が、鮮やか。
殺人その他の犯罪事件のなぞを、連作の主人公が推理するわけだが、その主人公は犯罪現場へも出かけないし、関係者の供述も直接には聞かない。事件について、詳細な知識を持っている人間から、話を聞いただけで、解決する。椅子にすわったまま、動かない探偵というわけで、アームチェア・ディテクティヴの呼び名が生れた。この形式が、庶民のうったえを聞いて、賢者が即座に解決してやる、という古い民話に発していることは、疑いもない。したがって、知恵の物語のもっとも純粋、素朴なかたち、ということになる。
しかし、実は落入りやすいのではなく、最初からマンネリズムなので、むしろ、そこに特色がある。くどくもいうように、もっとも素朴で、純粋な知恵の物語であるためには、背景の多様さや臨場感はむしろ邪魔で、謎と論理の変化があればよい。だからこそ、短編小説として、この形式が生きるのである。
この作法に則り、各短編は、現職刑事の語る捜査情報を元に、退職刑事がいっけん枝葉と思われる部分を引き出すと両者のディスカッションを通して推理の土台を固めていき、日をまたいで追加の情報が入るような事もなく、団地の一室における二人の会話劇だけで事件の謎に論理的筋道を付けてみせ……特別、おぉ! と思う話があったわけではないですが、著者の語り口の巧さ、会話の構成力が光る短編集でした。
難をいうと、時代性もあってか、第1話から「複数の男性との性交渉を隠し撮りしている女が被害者」といった、けばけばしい装飾の艶話の類が半数ほどなのが少々読みづらいところでしたが、作者の書くように「背景の多様さや臨場感はむしろ邪魔で、謎と論理の変化があればよい」ならば、事件の動機はシンプルに「色」か「金」を掴みでセンセーショナルに描く狙いもあったのかとは思われます(作者の好みで“ちょっと色っぽい要素を入れたい”傾向はあるみたいな事が、何かの解説で書かれていた覚えもあり)。
●『黒面の狐』(三津田信三)
民族協和の理想を胸に満州の地で大学に学ぶが、現地と戦争の現実を思い知り、敗戦によって志を見失った元エリート青年・物理波矢多(もとろい・はやた)は、戦後、九州の地に流れ着いて炭坑夫として働き始める。
戦時中に朝鮮人の友を徴発した過去に罪悪感を抱く青年・合里に助けられながら、己の生き方を見つめ直していこうとする物理だが、迷信深い炭坑夫たちの中で語り伝えられる“黒い狐面の女”が坑道の闇の億から姿を見せる時、密室の中で不可解な死体が発見される……。
戦後復興期の日本を舞台に、九州の炭坑で怪異と論理が交差する、著者お得意のホラー×ミステリ。
個人的に三津田さんは、長編の方が文章が丁寧で読みやすいのですが、炭坑作業や戦時中の苛烈な労働などが丹念に描かれ、重厚な一作。
坑道の物理的な闇と、歴史の中の人間の暗部を重ね合わせるように進行し、「歴史」要素にかなり比重が置かれており、悪くは無いも、個人的に好みとはちょっと違う一冊でした。
●『殲滅特区の静寂』(大倉崇裕)
日本が最初の怪獣災害に見舞われたのは、一九五四年のことだ。以来、世界各地は正体不明の巨大生物「怪獣」の脅威に晒されてきた。とりわけアジア地区は、他地域に比べて怪獣出現頻度が高く、多くの都市が、多くの人命が失われていった。
中でも被害が深刻であった日本は、一九六〇年代から、怪獣対策に本腰を入れ、一九七〇年には、データの収集、対怪獣兵器の開発などを行う専門機関として怪獣庁を設立、国を挙げて、怪獣撃滅に乗り出した。
怪獣グランギラスが静岡県沿岸に接近。怪獣の進行方向などを予測し、殲滅に向けた作戦を組み立てる第一予報官・岩戸正美は、怪獣の上陸地点を特定する為の誘導を試みるが、予期せぬトラブルから失敗。グランギラスの殲滅には成功するも、町一つが壊滅し、死者1名が出てしまう。ところがその死者は、怪獣上陸の寸前に、何者かにより殺されていた事が判明し――(第一話 風車は止まらなかった)。
怪獣の出現と対策が一般化した世界において、怪獣災害の現場で発見された他殺体!
岩戸は、警察庁の怪獣捜査官・船村に協力を求められ、怪獣退治の専門家と刑事捜査の専門家がバディを組む、ジャンルミックス型の特殊状況ミステリー……というよりも、怪獣の出現するパラレル日本(地球)を舞台とした、ある種の異世界(SF)ミステリ。
今作のミソは、1954年(!)の怪獣災害を機に、怪獣への対策を積極的に進めてきた日本、という舞台設定の凝り方で、技術立国ならぬ怪獣対策先進国や、対怪獣の為の国土「大改造」など、現実の歴史に重ねてところどころでニヤリとさせつつ、怪獣の研究による医学・軍事分野などにおける発展、逆に、怪獣対策の生んだ新たな公害などの社会問題……といった、怪獣の出現により変貌した世界、が物語の背景としてしっかりと練り込まれ、歴史改変SFの趣を有していること。
これにより、盛ろうと思えば幾らでも好きに設定を盛れる「怪獣」が“特殊状況を生む為の道具立て”だけではなく、“この世界観の欠かせざるピース”になっており、怪獣災害の渦中におけるミステリ的興趣(例えば不可能犯罪)が描かれるのみならず、そこに、怪獣の存在する世界が生んだ犯罪、が描き出されているのは、お見事。
また、対怪獣小説としても付け焼き刃のリアリティではなく、平成以降の《ウルトラ》文脈をしっかり踏まえていると感じさせる所に好感が持てたのですが、著者は本家本元『ウルトラマンマックス』に脚本参加の経験があるとの事で、成る程納得。
第1-2話で、面白いけどやや微妙な感じのパターン化しそうかな……と危惧したところで、出張先で岩戸が事件に巻き込まれる第3話「工神湖殺人事件」で趣向を変えてくる目配りも巧みで、第3話は(タイトルからもあからさまに)本格ミステリ×怪獣物、を真っ正面から組み合わせてきた一編なのですが、これはかなり好みでした(笑)
なぜ「(笑)」なのかは、読んでいただけるとわかります。
舞台設定に凝った作品、と書きましたが、怪獣対策に特化して発展してきた日本が孕んだ社会の歪みの面もじわじわと盛り込まれていき、その中で、怪獣災害の遺族でもある岩戸の“正義”はどこへ向かうのか……といった長編に耐えうる骨格も既に仕込まれており、今後、シリーズが続いていくのであれば(現在、2巻まで発行中)、どんな物語になっていくのかも興味を引き、面白かったです!
著者の作品は今回が初だったので、他の作品にも手を出してみたい。