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響く道

仮面ライダー響鬼』簡易総括3

 ……簡易総括というか、もはやとりとめのない雑談がその3に突入したところで、今回は、『響鬼』の好きなポイント、から始めたいと思います。

 まずは、感想本文でも触れましたが、サブタイトルの形式が割と好き。
 基本「動詞+名詞」のシンプルな組み合わせで、エピソードの内容を的確に捉えつつ雰囲気も出て、良いアイデアだったと思います。
 中で特に印象的なサブタイトルをあげると、十二之巻「開く秘密」。
 前編にあたる十一之巻「呑み込む壁」と対応しており、第9-10話における万引き少年の一件で鬱屈を抱えていた明日夢くんが、壁に飲み込まれて物理的にも精神的にも扉を見つけるエピソード内容との言葉の掛け方も面白かった上で、明日夢くんが隠し扉を開いた事よりも、みどりさんが無造作に履歴書を開いた事の方がウェイトが大きかったという、内容がインパクト大(笑)
 みどりさん! 情報管理不行き届きですよ!
 後は例外パターンですが、四十三之巻「変われぬ身」は、「変身」に集約されるエピソードのサブタイトルを敢えて「変われぬ」とした上で、それを乗り越えて他者の為に自身に打ち克つ事がテーマになっているのは、痺れるサブタイトルの使い方でした。

 次に、鬼のデザインとギミックの工夫も、面白かったポイント。
 まあ、最初に響鬼を見た時は、なんだこれは?! と思いましたし、フィニッシュ技には唖然としましたが、異形性の強い魁偉な風貌(まさにそういう「鬼子」としての英雄への意識もあったのでしょうが)をどうヒロイックに見せていくのか、楽器モチーフの装備品を如何に格好良く表現するのか、の工夫は特に前半で光りました。
 キャッチフレーズである「鍛えてます」を体現するかのようなマッスル体型の響鬼を、豊富な経験の裏付けを持ったパワーファイターと位置づけたのは、秀逸なアイデアだったなと(笑)
 力の1号に対して技の2号、といった感じで威吹鬼響鬼よりもスマート路線となり、金管モチーフのあしらい方と、飛び道具にバックルを取り付けると喇叭になる、というのは鬼関係でも白眉といえるデザイン&ギミック。
 これが轟鬼斬鬼)になると、それはもうギターというより、掘って良し・叩いて良し・刺して良し、の軍用ショベルなのでは……? みたいになりましたが、それはそれで、殺意が溢れていて好きです(笑)
 後ファイヤーバチとか、開き直り感も出た、バチを出力装置扱いしての鬼セイバーとかは純粋に格好良く、変身シーンにおける“散らす”系の表現など、全体的に光学エフェクトの格好良さは目立って良かったところ。
 後半、見た目は割と世界観台無し系のテコ入れ装備となったアームドセイバーによる装甲響鬼も、ディスクアニマルをアーマー化する描写で、前半の要素と繋げたのは上手かったなと。
 ……メガホンで魔化魍を倒すのは若干どうかと思いましたが、まあ、究極的に清めの音は人の体内より出るものであり、それを補助する装備、と捉えれば理解は出来ますし、犬や狼の吠え声が魔を祓うといった伝承と繋がっていると考えれば、納得はできたところ(その辺りも色々、アームドセイバーが人外装備な由縁でありましょうか)。
 で、そう考えてみると、鬼の音撃というのは、古代の宮中で行われていた、弓の弦だけを引いて放ち、邪霊を祓う鳴弦(弦打ち)の儀との関係も見えそうだな、と。
 民俗学者折口信夫は、「遊びは日本の古語では鎮魂の動作なのです。楽器を鳴らすこと、舞踏すること、または野獣狩りをすること。鳥・魚を獲ることもあそびという言葉で表していますが、これは鎮魂の目的であるからです」(『日本芸能史六講』)と語り、舞踏の中にある跳躍・踏みとどろかすという行為には、悪い魂を踏み抑えつけて再び出てこられないようにする、といった意が存在し、それが行動伝承からやがて芸能化していると述べていますが、これは『響鬼』世界の音撃の源流に繋がっている話ではないか、と思うところ。
 メタ的にも劇中設定としても、猛士と日本の古典芸能には結びつきが見えそうと考えていますが(例えば、猛士組織の元々が、申楽の一座だったりしても納得)、もし最序盤でミュージカル要素が消えずに後半まで続いていたら、今作クライマックスは、猛士関東支部所属鬼総出のYOSAKOIになっていたのやも。
 ……いや、そこそこ真面目な話。
 後、裁鬼さんは凄くデザイン格好いいと思うのですが、本当に、劇中で一体ぐらいは魔化魍を倒してほしかった(笑)

 それから、ディスクアニマル関連は、今作の特性になりつつ、演出陣の見せ方にもそれぞれ遊び心や工夫があって面白かったです。
 対魔化魍の調査シーンで作品世界を表現しつつ、ちょっとした可愛げを出すマスコット要素も補えて、総じて、使い方も使い勝手も良かったなと……たまにやたら強い事がある、のはちょっと気になりましたが(笑)
 製造ラインの関係で、30枚に1枚ぐらい、SRディスクイーグル、とか混ざっているような。

 前作『ブレイド』が、開幕の会社爆発そして夜逃げにより、職業:仮面ライダー、が事象地平の彼方に消失したのに対して、今作は仮面ライダー=鬼を、所属組織・勤務分担・シフト表・サポーター、といった数々の要素の中に取り込む事によって、「個人で戦っているわけではない」点を明確にし、「対魔化魍組織の戦闘要員」と位置づける事で、職業:仮面ライダー、を成立させたのは、面白いアプローチになったと思います。
 従来作のような、日常/非日常よりも、もう少し緩やかな、日常からちょっと路地に入ったところに猛士組織がある(裏を返せば、魔化魍が居る)といった距離感で、なり手不足や過酷な労働環境に悩んだりする、特殊な職業だけどどこにでも似たような問題はある、という見せ方も面白かったですし、たちばなの隠し部屋ギミックなども、その距離感に基づく古典的な少年冒険物への意識も序盤はあったのだろうなと(そこでワクワク感を出すには、明日夢くんの年齢が高かったですし、要素としてもそこまでこだわりを見せませんでしたが)。
 ……まあ、組織がそれなりに秘密主義(雑)な割には、“表の顔”とか用意していない節があるので、世間的に不審な無職まがいや、未成年への配慮の不足などの問題も多々出ましたが(笑)
 後期に入ると、これらが顧みられなくなってしまったのは残念な点でしたが、鬼の武器属性と魔化魍の相性については概ね“劇中でそう主張している”意外の説得力が薄かったり(飛行系に飛び道具はわかりますが)、レギュラーライダー増員に合わせて共闘は必要になってくるだろうにその道筋が準備されているように見えなかったり……といった問題は前期からあり、結局、夏の魔化魍に対抗する為に太鼓スキルを身につけよう!(必要な説明無し)の凄惨な夏合宿編とかやってしまう事になったので、中盤以降に確実に問題になってくるだろう点についての方法論の確立は後手に回ってしまった印象はあります。
 対魔化魍における、事前のデータ確認や現地調査などは《ウルトラ》シリーズを思わせるアプローチでしたが、その点では、魔化魍の特質や行動目的にもう少しバリエーションを付けて、「魔化魍退治ミッション」そのものにバラエティ性を持たせる、という方向はありだったかもな、とは……その過程において、武器属性の有利不利を見せる、ような事もできたのではないか、と思いますし。
 結局、その辺りは凝りそうで凝らず……妖怪のモチーフにはこだわりがあったようですし、童子と姫には映像や狙いの違いを与えているものの、魔化魍は〔餌を集める→育ったら里を目指す〕のパターンの中に収まってしまい(途中から背後の実験要素が入りますが、視聴者にはあまり明確にされない)、「退治もの」として特別な面白さが出なかったのは、ヒーロー側の設定を生かし切れなかった点で惜しまれるところ。

 ……という感じで並べてみると、ヒーローフィクションとしての『響鬼』について個人的には、「ヒーローとその周辺ギミックの描き方には面白みがあった一方、ヒーローの戦いについては最初のワンアイデアで満足してしまって、そこからの展開が足りなかった部分は不満が残る」といったところでしょうか。
 この点、傀儡や和服の男女の登場で、徐々に魔化魍の背後に存在する悪意が形を成していき、劇中における“悪”が明確になる、という目論見だったのかもですが……背後の悪意に関しては前半時点では曖昧にしすぎて、あまり物語としての面白みになっていた気がしなかったのが、正直なところ。
 そのままプロデューサー交代劇を迎え、『響鬼』における“悪”は宙ぶらりんになるわけですが……では、後期『響鬼』における“悪”とはなんだったのか?
 と考えてみると、それは「運命の理不尽」だったのかなー……と。
 “悪”と呼ぶと語弊がありますが、荒ぶる神霊、自然災害の具現化としての魔化魍の延長線上において、今作のヒーロー達が立ち向かうものというのはストレートに「運命」で、そう捉えてみると終盤、トドロキが一度は選手生命を絶望視されたり、斬鬼が禁忌の術で死を一時的に覆したり、明日夢に新たな一歩を踏み出させたのが難病の少女だったり、といった過激なピースが一つに繋がるように思え、それがつまり、
 「教えた筈だよな? 鬼というのは、一つの生き方だと。常に自分に克つ、そういう――生き方だと」
 前半のテーゼを踏まえた上での、『響鬼』終盤の(明日夢くんの道の選択とは別の)集約点となった気がします。
 それが、今作における「変身」だったのかなと。
 今作のヒーロー像におけるアスリート性を考えると、「立ち向かう」よりも、鍛えて鍛えて「乗り越える」ものとした方が、ニュアンスとしては適切かなですが、そう考えると、明日夢は第31話で一度「変身」してるのだな、というか、後期開幕早々、京介投入に繋げる形で、明日夢明日夢父(そもそも人物像さえ全くわかっていなかった)の問題に一区切りを付けて、埋設地雷の除去を行ったのは、けだし慧眼だったと思うところです。
 でまあなので、京介は「嫌な奴」で「困った奴」で色々な事から「逃げ回る奴」だけど、根幹のところで精神性が「悪」ではなく(運命が奪い取ったものに対して、どうにか乗り越えようとしている奴なので……今気付きましたが、これは最終盤のパネルシアター少女にも繋がる要素)、だからこそ明日夢を引きずって走り出せたのだな、と。
 で最終回、明日夢が自分からも鬼からも逃げてまたつまらない人間になったと一方的に思っていた京介は、そうでなかった事を知った時に、“明日夢に引っ張られる形で”「変身」するのだな、と、なんか二人の「変身」について今納得を!
 だいぶ因果の混線とかしていそうですが、私の中では腑に落ち、また、前期/後期の分断を、なるべく意識せずに『響鬼』を貫いたものとは何かを考えた時、それは目の前の障害や理不尽を一つ一つ乗り越え、安易に流れず自分自身に打ち克ちながら生きていく、“アスリート精神”なのではないか、と一定の納得ができたので(それが辛くなった時どうするのか? までは描き切れませんでしたが)、『響鬼』感想落ち穂拾い、だいたい集めた気がするのでこの辺りまでにしたいと思います。
 本当に雑な語りでまとまりが悪いままですが、以上長々と、『響鬼』感想お付き合いありがとうございました!

 ……この手の雑談は、一つの作品の終了後、もう少し軽率にやっておいて後で叩き台にできるようにしよう、と改めて(笑)