超動く黒龍荘の事件簿
●『超動く家にて』(宮内悠介)
「俺か。俺はZ80だ」
どうだとばかりに、男は自分の胸を指さすのだった。
「こう見えて、宇宙にだって行ったことがあるんだぜ」
先日読んだ『彼女がエスパーだったころ』が面白かった著者の、2010~2017年の間に様々な媒体で発表した作品を集めた短編集。著者のメインフィールドであるSFとミステリを中心に、奇想というか突飛というか、著者いわく「ネタに偏った作を集めた」との事ですが、ユーモアのセンスがツボで、非常にアベレージの高い短編集でした。
出色は先日フライングで紹介した、AIに敗北して失意の日々を送る若手棋士の前に、古くさいマイクロプロセッサ「Z80」を名乗る男が現れる「エターナル・レガシー」。傑作。
他、特に面白かったのは、
雑誌『トランジスタ技術』の圧縮作業が人気スポーツと化した世界で男たちの生き様を描く「トランジスタ技術の圧縮」
あれよあれよと奇想が展開していくある大学生活の法螺話「文学部のこと」
ヴァン・ダインの二十則によって支配された世界で完全犯罪を目論む「法則」
“かぎ括弧のようなもの”が存在感を得た世界での珍妙な奇談「かぎ括弧のようなもの」
宇宙ステーションに滞在中の二人の男が知略を尽くして野球盤で戦う「星間野球」
といったところ。
あとがきによると、ヴォネガットや村上春樹風味を意図した作品もあるとの事ですが、中にはWikipediaの形式をそのまま借りたものものあり(著者いわく「魔がさした」)、清水義範のパスティーシュ物や、原田宗典のナンセンス物が好きな方は、けっこう波長が合うのではないかと。
発表時期も媒体もバラバラではありますが、幾つかの作品に通底する“人と技術”のテーマ、特に“失われゆくテクノロジー”を題材に組み込んだものが個人的な琴線に触れ、「トランジスタ技術の圧縮」で始まり、希少言語で物語を書く事をプログラムされたロボットの物語「アニマとエーファ」から、「エターナル・レガシー」を通って、「星間野球」で締める構成も良かったです。
作者の意図がどこまで入っていたのかはわかりませんが、ラストに「星間野球」を持ってくる事で、短編集全体としてのまとまりも、作品個別としての面白みもどちらも上がったなと。
巻頭の「トランジスタ技術の圧縮」が、今は廃れてしまった競技における最後の大会に人生を懸ける男達の物語で、巻末の「星間野球」が、いい歳した二人の男が知略と奸計の限りを尽くして野球盤で死闘を繰り広げる物語とそこはかとなくリンクしており、個人的にはそれが「エターナル・レガシー」と繋がる事で凄く跳ねたのですが、“人と技術の関係”を視野に入れた二つの作品がバカっぽいミステリや奇想にまみれた法螺話の類をサンドイッチしている構成が、なんとなく作品集としての性格を示しているように感じます。
そう思ってみると、『彼女がエスパーだった頃』で<疑似科学>として扱われた題材は“実在と非実在の間で揺らぐ技術”ともいえ、その存在の意味を“観測”する者の物語であったのだな、と改めて。
当たりの一冊でした。
●『探偵三影潤全集 3』(仁木悦子)
『猫は知っていた』の仁木悦子が生んだシリーズキャラクターの一人、私立探偵・三影潤の登場作品を集めた選集。
地道に足で稼いだ情報を繋げて真相へと辿り着いていくタイプの職業探偵を主人公としており、仁木兄妹ものと比べるとかなり淡々とした筆致で、暗い、とまでは言わないまでも、薄暮ぐらいのトーン。
ぼちぼち面白かったですが、収録作品の中でも昭和40年代の初期作品だと、主人公が依頼を受けて警察の捜査を攪乱しかねない行動を取るのは、今読むと、やや読みづらかったところ。後年の作品になるにつれ、そういった要素は薄れていくので、これは時代のエンタメ性もあったのかとは思われますが。
●『狩人の悪夢』(有栖川有栖)
対談が縁で、ベストセラー作家・白布施正都の家に招かれた有栖川有栖。必ず悪夢を見る、という触れ込みの部屋で一夜を過ごした翌日、白布施の元アシスタントが暮らしていた家で、首を矢で貫かれた女性の死体が発見される。何故か死体の右手首が切断されていた不可解さはあったが容疑者は早々に絞られ、いっけん単純に見えた事件だが、殺害される前の被害者に不審な行動が浮かび上がり……。
臨床犯罪学者・火村シリーズの長編で、話は正直、どうという事のないものでしたが、シリーズ25年の蓄積によるキャラクターの厚みと、小説の巧さで読ませる一作。
タイトルそのものが、火村その人を指しているのは、同じシリーズ長編『鍵の掛かった男』と同じ趣向で、既に過去作品で触れられている点も含めて、火村とアリスの関係性を再確認しつつ、シリーズ25周年という事でか、最後にちょっとしたサービスあり。
●『アリス殺し』(小林泰三)
不思議の国に迷い込んだアリスの夢を見続けている大学院生・栗栖川亜理が、夢の中でハンプティ・ダンプティの墜落死事件に出くわした翌日、大学で王子という研究員が屋上から転落死を遂げる。更に、不思議の国でグリフォンが窒息死した翌日には、同じ原因による食中毒で教授が急死。夢と現実を繋ぐ奇妙な符合に気づいた亜理は、不思議の国で二つの事件の容疑者となったアリスを救う為、同じ夢を見ている事がわかった同期生の井森と共に、事件を調べ始めるのだが……。
ホラー・SF・ミステリ、と横断して書いている作家さんですが、悪趣味なグロテスク描写が定期的に入って、-20点。ホラー寄りの作家はそれがありそうで普段避けているのを敢えてチャレンジしてみたのですが、ものの見事に、あー……という感じに直撃してしまいました。
後これも、わかっていて読んでみた自己責任ではあるのですが、基本、『不思議の国アリス』モチーフ(オマージュ)作品とは、相性が悪い。
●『黒龍荘の惨劇』(岡田秀文)
明治26年――時の枢密院議長・山県有朋の影の側近と目されていた漆原安之丞の首無し死体が、その邸内で発見される。時の総理大臣・伊藤博文との旧縁から、極秘裏に事件の捜査に加わる事となった探偵・月輪龍太郎は、事件のあった邸――黒龍荘へと向かうが、そこでは予想だにしない惨劇が待ち受けているのであった。
首の無い死体、巨大な屋敷、秘密を抱えた住人たち……明治を舞台に、意識的に古式ゆかしい道具立てで展開する長編ミステリ。
途中で、これはアレか……? と思わせる示唆が入り、解説によると、作者自身もそれを読者に想起してもらう事で物語の説得力を引き上げようとする狙いがあったとの事ですが、個人的には、その大仕掛けがマイナス。
確かにそれが無かったら突飛にすぎると思ったかもしれませんが、飛躍のさせ方としては好きな手法ではありませんでした。
敢えて古典的な仕掛けにこだわっているだけあって、“首の無い死体”に関する創意工夫は、読みどころあり。
●『ハンザキ』(両角長彦)
半崎孝一、海外経験豊富で語学堪能、各種業界に独自のパイプを持ち、義侠心に篤く、ここ一番での度胸と機転に優れた、30代半ばの男性、職業――ギャンブラー。
アンソロジーで読んだ「不可触」が面白かったので、主人公を同じくするシリーズ短編集を読んでみたのですが……アンソロジー収録作品が抜けて出来が良かったという、ままあるオチ。
違法賭博も行うものの完全なアウトローというわけではなく、裏と表、二つの社会の境界にまたがって生きるギャンブラーは魅力的なキャラクター像だったのですが、エピソードによってそれが「格好いい」になるか「話の都合で何でもありすぎる」になるかが極端で、ギャンブルという「ルール」が大事な要素を題材にしながら、主人公キャラクターのルール設定が甘いのが、物足りなさになってしまいました。
後、競馬を題材にした2編は単純に出来が悪く、短編集全体の印象を悪くするレベル。
「不可触」以外だと、海外のカジノで出会った女ギャンブラーとの共演を描く「ハイドランジャーに訣れを」は悪くなかったです。
●『困った作家たち 編集者桜木由子の事件簿』(〃)
新人賞選考、盗作騒動、未完の作品……S社の編集者・桜木由子が担当作家に関して巻き込まれた事件を描く連作短編集。
出てくる作家の大半が人間的に問題があるのはタイトル通りではありますし、「小説家が小説家を奇人変人として描く」事そのものが一種のユーモアになっているのはまだともかく、レギュラーキャラとして狂言回しを務める編集者・桜木が、前のめりでデリカシーに欠け煙が見えた(と思った)ら火事にするタイプなのが、きつかったシリーズ。
恐らくユーモアの要素を意識しているのかとは思われるのですが、とにかく桜木が、自分の思い込みと都合に合わせて他人を軽々しく殺人犯呼ばわりするのが読んでいて辛く、毎回のゲスト作家を人格に難ありとすればこそ、レギュラーキャラには好感度を持ちやすくしてほしかったところ。
またどうも、上記作品と合わせて作者の中では「自分本位で好き勝手な事を喋り散らす人物の暴言」は“ユーモア(笑いどころ)”として捉えられているっぽいのですが、結果的に口汚い登場人物がやたら多いのも厳しく、これをユーモアだと思っているのなら致命的にセンスが合わなかったし、特にユーモアの意識が無いのならキャラクターの見せ方が肌に合わないしで、残念な一冊でした。
まだしも、短篇と短篇の間を繋ぐショートショートに見えるようなシニカルなユーモアの方が面白かったのですが、作者としては初読の「不可触」が良かっただけに、残念。