東映特撮に踊らされる駄目人間の日々のよしなし。 はてなダイアリーのサービス終了にともない、引っ越してきました。
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1/10付けレス

 本日は『キカイダー』感想を書きました。

平成のV字バランス

◆ユウリさん
 >いつもブログ拝見しています。
ありがとうございます!
 >作中の「平成ライダー」が創作作品としてのライダーを指すのか現実に存在するヒーローとしてのライダーを指すのか
狙って混ぜ合わせているにしても、話としてはややこしくなった上で、どういう視点で見ればいいのか(どう見て欲しいと考えているのか)、混乱を招く要素でしたよね……。この辺りをもう少しスッキリ見せてくれていれば、電王の空気の吹き飛ばし方とかもっと素直に喜べたのですけれど。
 >佐藤健の登場など瞬間最大風速はすごいんですけど、そんなとこまで「ビルド」を踏襲しなくても(笑)
この辺りは妙に、『ビルド』的でしたね(笑) 犬飼さんは、順調に活躍されていて何よりだなと思っております。
 >メタ的な呼称である「平成ライダー」を劇中に持ち込まれると乗れないものがあります。
台詞の中でこれ言われる度にちょっとずつ冷めてしまって、ここを消化できるかどうか、による感触の違いのウェイトが、あまりに大きい作品でしたよね……。

◆ーさん
 >ゴーカイジャーのテーマが「忘れられても構わない」のであれば終盤「スーパー戦隊の歴史と引き換えに叶える平和」を否定する流れにはならないと思います
ちょっと言葉を端折りすぎたところはありますが、一般的に「テーマ」は「テーマ」でしかないので、物語を通してその否定に辿り着くのは特におかしくはないかと。その上で「忘れられていく事」に対する肯定的視点が内在しているからこそ、最後の選択がより劇的になったのではないか、というのが個人的な『ゴーカイ』観となります。

◆Apさん
 >ジオウの先輩と言えるディケイドも突き詰めると「忘れられないために」という話だったので、
 >その辺りはライダースタッフにとって大きな課題なのかなと思います。
実際にそうやって消えていったものが山ほどあるのだろう中で、(手法は別として)白倉さんの「作品(枠)を途切れさせない」事に対するポリシーそのものは嫌いではないですし、メタ的には凄く大事なのもわかるのですが、それを“物語”の中にどこまで入れるのか、というバランスはつくづく難しいですね……。

◆Gimmickさん
 >やたらクドくメタ要素を押し付けてきて、しかも無駄に複雑な設定・構造で素直に楽しませてくれない作劇がどうにも・・・
『ビルド』『ジオウ』の設定を上手く組み合わせてはいましたが、もっと、あっけらかんと楽しませる系の作品でも良かったのでは……というのはやはりありますよね。
 >『W』のレジェンド枠として風麺のマスターがキーアイテムを雑に渡す展開は、当時劇場で「え?」と声が出そうになりました。
『ジオウ』あまり覚えていない私でも、それ、そんな雑に出てきていいアイテムだっけ……と思いました(笑)
 >まぁ如何にも白倉Pらしい考え方ではありますが
ああ、なんか、私がこの映画から感じていた、作り手側の透けて見える「格好良くなさ」の根っこにあるものが何か腑に落ちた気がします。当時直撃だった『オーズ』や『ゴーカイ』が、だからこそ我々は胸張って大嘘をつくよ、というのをやっていた事を考えると、数年後からの目線でそんなもの外に出さないでほしいですよね……。
 >こちらとしてはそんなネガティブな気持ちで平成ライダーを観ていなかったので
アタルがアタルの事情でネガティブなのは物語として有りとしても、ポジティブな側の受け皿が無いまま進むのは、映画としての問題点でもありますよねー。
 >無理な設定を無理な設定で誤魔化そうとして結局無理、なのが不誠実だなと思います。
私が見ていた話数でも、『ファイズ』編の巧と草加がだいぶ無茶でしたが、「レジェンドを出す」事を売りにしておきながら原典への筋は通さない、というのもよろしくないですよね……。
 >これは劇場がどよめいていました。『ジオウ』のことだから超売れっ子は呼ば(べ)ないと思っていたので私も驚きました。
手元だけで誤魔化すのかな? から、カメラ上げるとばっちり本人登場、は演出もあそこは心憎かったですね。この辺り、映画だから当たり前ですが、劇場意識の強い作品ではあるな、と。
 >管理人様は『ウィザード』はまだ未見でしたね。
以前の配信の時は立て込んで見られなかったので、いずれ見てみたいなと思っております。『ウィザード』見ると、気がつけば2010年代の《ライダー》もだいたい見た感じになりますし。

◆ヘイスタックさん
 >メタネタ・楽屋ネタ路線の作品ばかり延々十年以上も作り続ける人になってしまい、本当に何がどうしてこうなってしまったのか
白倉さんの持っている、ヒーローフィクションへの懐疑や自問自答は良い方向に出る時もありますが、ことメタフィクションに手を出すと軒並み悪い方向に出る印象はあります……特にこの10年、長石監督を始め、ベテランスタッフが次々と現場を離れていく中で、どんどん重しを失っている面はあるのかな、とは(『ドンブラ』は井上敏樹が、最後の重しになってくれればと思ってはいるのですが……)。
 >それでも、せめて持ち込んだ要素に対して責任を持ってくれればまだよいのですが
考えてみると、『ビルド』が「戦争」をテーマとして持ち込んだ刺激そのものに酔っ払っている面のある作品だったので、その辺りも悪い形で化合してしまっているのですね……。
 >『スーパーヒーロー戦記
……うーん……なんだか、一時期の《ウルトラ》、『ルーブ』なんかがはまっていた落とし穴に、遅れてはまっているというか……。
 >怪人(架空)に襲われてもヒーロー(架空)は助けてくれる」では何の解答にもなっておらず
難しい要素に敢えて踏み込んだ割には、ヒーローが「現実の問題に立ち向かう」わけでもなく、劇中人物たちが「現実と戦う力を貰う」わけでもなく、応援していると災難が追い払われる、というのはえらくピントがズレたというか、結局、解の出せない話にしてしまった感じでしたね。

◆Jokerさん
 >野上良太郎本人呼べたのすごいけどいつまでウラタロス憑いてるの…?とかどうも素直に楽しむにはノイズが多くて…
どちらかというと、メタ&サービス要素の中途半端さが気になった、という感じだったのですね。この辺り、生身の役者さんを使っている実写特撮の難しさですよね……。
 >公開日の朝一上映で観に行ったら登場シーンで劇場中がどよめきました(笑)
この辺りは、劇場で見る映画の楽しみ、ですよね。
 >すごい客演だっただけにやっぱりいつまでウラタロス憑いてるんだろう?が気になり過ぎて…!
何故トドメはロッド電王……? から、何故ずっとU良太郎……? は私も気になりましたが、「10年後の野上良太郎」を佐藤健が演じるにあたって、背広ならOK、喋りは難しい……みたいな事情だったんですかねこれ。
 >半年後のジオウ夏の劇場版(OVER QUARTZER)
内容は全く知らないのですが、「平成の私物化」とか、とにかくとんでもなかった系の話題を当時よく目にしたのは覚えています(笑) 怪作、でしたか……。
 >作ってる側としては無駄な作品なんて一つも無かったしどの作品も好きでいてくれて大丈夫!と力強く言ってくれる映画
そういうのは、とても、いいですね。……でも、画が正気ではない、と(笑)