東映特撮に踊らされる駄目人間の日々のよしなし。 はてなダイアリーのサービス終了にともない、引っ越してきました。
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秋の読書メモ2

遅れてきた山田風太郎祭とか2

◆『魔界転生』(山田風太郎
 寛永十五年三月一日――後にいう島原の乱幕府軍によって鎮圧されて間もなくの事、落城した原城から脱出する一つの筏があった。
 その筏の上に乗るのは、反乱軍の軍師と見られた森宗教軒、森に師事する浪人・由比民部之介、そして死んだ筈の剣豪・荒木又右衛門と、賊将・天草四郎。女の体を破って死者が蘇る、というグロテスクな大技を開幕から放つと、この外法の一団のいくところ、いずれ劣らぬ武の達人が、魔人となって次々と甦る、その名も――忍法・魔界転生
 歴史に名を残し、或いは講談のヒーローとして語られ、いずれ劣らぬ使い手たちが蘇り、凄絶な死闘を繰り広げるスーパー剣客大戦! として実写映画も含めて著名な作品ですが、これは成る程、の面白さでした。
 物語の核を成すのは、常人離れした肉体と精神の力を持つ事に加え、定命尽き果てようとしながら此の世に大きな未練と執着を持つ者だけが成し遂げられる秘術・魔界転生であり、この設定そして制約によって、戦国末期の達人たちを“ある一点”に集める事を可能にすると共に、戦国の気風が徐々に薄らいでいき、徳川幕藩体制が安定していく時代の転換期において、宮本武蔵を筆頭にいずれの魔人たちも「そんな時代に取り残された亡霊」の側面を持って描かれるのが物語に大きな奥行きを持たせ、その開幕が「島原の乱」というのが、歴史伝奇として極めて秀逸。
 登場人物の情念が「史実」と接続される事によりその重みを増し、虚実の狭間に咲く悪夢の花をあでやかに描き出す手管は、今読んでも唸らされます。
 一方で、コンセプト的にやむを得ないとはいえ、そんな魔人たちの陣容が、槍1・忍術1・剣5、に偏っているのは今読むともう一つ二つひねりが欲しくなる点でありますが(今となっては、後世の作家を刺激する事になっている点ともいえますが)、それを補って余り有るともいえるのは、伝奇ヒーローとしての主人公・柳生十兵衛の格好良さ(脳内映像はどうしても千葉真一)。


 「――さて」
 と、いって、彼は煙管に火をつけた。
 どこからか風が吹く。煙は青くながれて消えてゆく。それを追う隻眼に、例の妙な哀愁のひかりはなかった。
 彼は恐ろしく不精な男であった。同時に何かを待つ男であった。その待つ対象が、彼の満足できるものでないと、金輪際彼はうごかない。その対象があらわれぬ以上、その隻眼には哀愁というより飢えに似たひかりが宿らざるを得ない。
 いまやその眼に飢えは消えた。
 「……やるか?」

 要所要所で十兵衛がタン、と駆け出す姿が、物語を駆動するエンジンとして、極めて痛快。
 強大な敵・颯爽としたヒーロー・気のいい旅の仲間とヒロインたち・背後で蠢く陰謀・硬軟取り混ぜて十兵衛に迫る罠……と、これでもかと詰め込んで読者にスリリングな活劇を楽しませていく中で、実に見事なのは、「主人公の行動原理」と「敵味方双方への制約」の与え方。
 十兵衛は何の為に動き、そして何の為に動けなくなるのか、そして敵は何を目論み、その為にどんな隙を生むのか――その設定の巧妙さに加え、キャラクター(集団)の行動原理とは、「何かをする」際の理由だけではなく、「何かをできない」理由でもある、という点に関して対決型の活劇のお手本ともいえる出来で、ルールの見せ方の巧さにより、荒唐無稽の絵空事に芯を通して説得力を持たせる構成が、本当にお見事。
 並行して読んでいた『妖説太閤記』が尻上がりに怒濤の面白さだったのと比べると、敢えてパターン化している部分もあったのか中盤やや一本調子になってダレましたが、そのパターンのに変化が入る後半からは活力をまた取り戻してきて、終盤は一気の面白さでした。
 現行作品の地下水脈として大きな影響を残す、本邦エンタメ小説の金字塔といえる一作ですが今読んでも充分以上に面白く、満足の一作。

◆『七十五羽の烏』(都筑道夫
 ものぐさ太郎の後裔を自称し、食うに困らない人間が働いてお金を取るのは悪徳なので、真面目にぼんやり遊んで暮らすべき、と考えている青年・物部太郎。父との約束により、どうしても1年間は働かなければいけなくなった太郎は、片岡直次郎なるトラブルシューターの知恵を借り、心霊現象を専門に扱う探偵事務所をでっちあげるのだが、そこになんと「伯父が祟りで殺されるかもしれない」と依頼人が現れてしまう。なんとか理由を付けて依頼を断ろうとする太郎だが、実際に殺人事件が発生し……。
 目端が利いて口も回り、実際の探偵行動を担う直次郎と、とにかくやる気が無いがいざとなれば論理的な思考力の冴えを見せる太郎のデコボコ探偵コンビが、平将門の娘・瀧夜叉姫の祟りを伝える旧家で起きた殺人事件に挑む羽目になる、長編ミステリ。
 半裸で絞殺されていた被害者と、入浴中だったその夫人の着物はなぜ、神社の境内に吊されていたのか? 現場に残されていた酒呑童子の人形の意味するものは? そして何故、離れから真新しい一本のネクタイだけが盗まれていたのか?
 旧家を舞台にした奇妙な殺人事件ながら、ユーモアと洒落っ気溢れる文体もあって陰惨さは薄く、クイーン風味の正調パズラーに収束してく流れは鮮やか。
 以前に読んだ『女を逃すな』でも思いましたが、とにかく文章が非常に洒落ていて、今作では各節の頭に置かれた、舞台脚本の状況説明めいた一文がまた冴えているのですが、


ここで時間が逆戻りする
ばかげた探偵事務所ができたわけ
斜めに読みとばしても差支えないけれど
物部太郎が真犯人だろうと考えてはいけない

 とか、実に素晴らしい。
 タイトルの回収の仕方も綺麗に収まり、ミステリとして抜群の切れ味やインパクトがあったわけではないですが、洒落た文章と構成が魅力的な一作でした。