東映特撮に踊らされる駄目人間の日々のよしなし。 はてなダイアリーのサービス終了にともない、引っ越してきました。
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盾が無ければ生き残れない

20年ぶりの『龍騎』メモ・第19話

(※サブタイトルは本編中に存在しない為、筆者が勝手につけています。あしからずご了承下さい)
◆第19話「毒蛇」◆ (監督:長石多可男 脚本:小林靖子

  • ミラーワールドから戻ってくると、そこは立てこもり事件の現場でした。
  • キャストクレジットにライダー名が追加され、メタ的には「ライア(エイ)」「ガイ(サイ)」「王蛇(蛇)」の名前が判明。
  • 「これも、あの弁護士が役立たずだったせいだ」……逆恨みに燃える浅倉は人質との交換を条件に北岡を呼び出すように要求し、基本、衝動と私怨で動いている人物である事を補強。
  • 芝浦はこの状況に、秋山と手塚を巻き込もうと画策。「戦わないなら、俺に存在する意味は無い。……もう、無いかもしれないがな」……決定的な一歩を踏み出せない自分を突きつけられながらも、優衣を人質にされて芝浦の挑発に乗る蓮は、いちいち台詞回しが格好いい。
  • 警察が突入作戦を敢行する中、北岡と浅倉はデッキを手にミラーワールドへ突入し、紫色が綺麗な蛇のライダーの固有武器は杖(といえば王権の象徴であり、名前に引っかけた感じでしょうか)で、その名も「王蛇」は、インパクトのある名前。
  • 「成る程。ライダーになるのは面白いな。苛々がすっかり消えた」……ゾルダと王蛇が戦いを始め、蓮も芝浦と共に変身し、優衣を助け出した手塚は、ナイトの救援へ。
  • 優衣ちゃんが芝浦に誘拐されるくだりは映像的な説得力が作りにくかったのかスキップされた為、なんか閉じ込められてぼんやり立っている優衣ちゃんがちょっと変な感じにはなりましたが(笑) ビルの中から割とさっくり発見できたのは多分、手塚のダウジングの力。
  • 「どうしてこうなるの? 戦いを止めたいのに」……鏡の向こう側の戦いを見るしか出来ない優衣の前には、これも鏡の中に士郎が現れ、優衣を戦いから遠ざけるように思わせぶりな言葉をかけながら、姿を消すいつものムーヴ。
  • 巧妙なサイの立ち回りに苦戦するナイトとエイだが、サイの突撃を止め、運命を変えたのは龍騎
  • 「いつまでこんな戦い、続けなきゃいけないんだよ……! こんなのが運命だなんて、俺は絶対認めないからな!」……浅倉の人質にされた少女の為に体を張り、気絶して救急車に運び込まれる姿がえらくヒロイックに描かれるなど、迷える蓮、荒れ狂う浅倉と対比されるかのように、真司のヒーロー度上昇キャンペーン。
  • 真司がどのタイミングで変身したのかは潔くすっ飛ばされるのですが、前回の「変身」×6は、大変上手い予告でした。
  • ゾルダはグリーンジャイアントを召喚してヘビめがけてフルバーストし、背後で戦っていた龍騎らも巻き込まれて派手に吹っ飛ぶ相変わらずのずば抜けた大火力を見せつけると撤収。
  • 「おまえ……俺が、ゲームを、面白くしてやったのに……」「近くに居た、おまえが悪い」……一同が大ダメージを負う中、唯一無傷だったのは、ガイを盾に使った王蛇。
  • 覚え立てのファイナルベントを発動した王蛇は、巨大な蛇と共に滑走すると宙返りからのスネークバイトキックを叩き込み、ガイを爆殺。仮面ライダーガイ/芝浦淳は劇中でライダー名が出る事なく呆気なく死亡し、残されたサイのモンスターが咆哮する……。
  • 「おまえ……なんでこんな?!」「ふははははは……こういうもんなんだろ? 違うのか?」
  • 大局観皆無の悪のライダー、というのは今見るとちょっと新鮮。

 前回、脱獄そして立てこもりの鮮烈な初登場を飾った浅倉が、初のライダーバトルで衝撃の爆殺デビュー。
 退場した芝浦は芝浦で救いようのない下衆野郎と描かれていたので、視聴者の心があまり痛まない退場前提のキャラクターであった事が明らかになるのですが、手塚と同時期に出す工夫と、メイン扱い2話から蓮に失意を叩きつける存在とする事で使い捨て感を露骨に出さなかったのが、あっさりした退場の虚無感と残酷さを引き立てます。
 また、我欲に基づいて他者や状況をコントロールしようとする“悪”が、コントロール不能の存在――浅倉に倒される事により、浅倉の位置づけを強調しつつ芝浦退場にカタルシスを発生させ、浅倉に“ある種のダークヒーロー”の印象を与えている、のが上手い。
 そしてその一方で、コウモリを背にしながら、ダークヒーローになる事の出来ない、蓮。
 それにしても、勿論、作品世界ごとにダメージ量や耐久力や描き方の方針が違っていて当然ではあるのですが、最初にこれを見てしまうとやはり、真っ正面から思い切り必殺技を叩き込んでおいて、殺意はありませんを主張するのも、服が破れたぐらいで帰っていくのも物足りなさを感じてしまい、この10年あまりの《ライダー》が、中身人間同士を戦わせる事について、最低限必要な段取りの組み立てに対する意識がおろそかになっているのではないか、とは改めて思うのでありました。
 描く事が描かれていれば、この作品ではそう簡単に死にません、でいいのですが、メタ的にそう簡単に死なないと決めているばかりに、キャラクターの心理として描くべきであろう部分を描かなくていいや、にしてしまうのは物語としての手落ちであるなと。
 ところで今見ると浅倉はもしかして、扇澤延男(小林靖子が脚本家修行中だった90年代《メタルヒーロー》シリーズの中心的脚本家の一人)的アウトサイダーの系譜の面もあるのかも、なんて事も考えてみたり。