東映特撮に踊らされる駄目人間の日々のよしなし。 はてなダイアリーのサービス終了にともない、引っ越してきました。
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冬の読書メモ3

 最近ショックだったのは、本格ミステリ作家クラブ選の年間セレクション『ベスト本格ミステリ ○○○○』が文庫化に際して付けられる思わせぶりなタイトルは、「収録作品のタイトルを適当に組み合わせた」ものだと知った事。

或るコメディ

●『或るギリシア棺の謎』(柄刀一
 ギリシア人の漂流者に端を発し、代々、大きな財を築いてきた安堂家・その当主夫人であり篤志家・安堂朱海の訃報を知り、旧恩から弔問に赴いたカメラマン・南美希風を迎えたのは、朱海は老衰ではなく自殺かもしれない、という奇妙な騒動と困惑だった。何年も闘病生活を続けていた老女が、今になって宗派の戒律を破ってまで自殺したとしたら、その理由は何か? 破られた遺言状と、一族の“聖域”で発見された謎めいた脅迫状は、4年前に一家を襲った悲劇と繋がるのか……?
 短編集『或るローマ帽子の謎』に続く、エラリー・クリーンの《国名シリーズ》に題を採った、長編ミステリ。
 遺言状やタイプライターといった本家『ギリシア棺の謎』の主要ガジェットを取り込み、オマージュというよりも挑戦状といった内容で、ちょうど本家を先日読んだところだったので、どこが本歌取りなのかわかりやすかったのは、読むにあたって良かったところ。
 小さな不可解さが積み重なるばかりで、“謎”は確かにそこに存在するが曖昧模糊として輪郭さえ掴めない現在の事件と、利害関係や感情面での損得の見えないまま堅牢なアリバイに阻まれて未解決になっている過去の事件とが、由緒ある資産家一族の内情を孕みながら複雑に絡み合っていく構造の為、「事件の実態」が見えないまま、些細な引っかかりが示され続ける展開が探偵にとっても読者にとっても少々長いのですが、拡大を続ける謎がある一点を以て収束に向けて逆転。
 本家クイーンを存分に意識したと思われる解決編において、細かく散りばめられた謎を一つ一つ解き明かし繋げていく事により犯人の行動からその意図を導き出し、謎の中核となる複数のホワイダニットが徹底的な理詰めで答を与えられた時、事件の実態が解き明かされるのは、なかなかに爽快でした。
 もう少し派手な謎の方が好きではあるのですが、後期クイーン問題(探偵の探偵行動そのものが物語の真相に影響を与えるのではないか)を当然の前提としてさらりと取り込みながら、実にクイーン的なパズラーを真っ向勝負で仕掛けてきて、それなりに面白かったです。
 ……犯人の動機の論拠としているある点が、Aは有りだけどBは無しだったりするのが、ちょっと道中の仕掛けの都合になって弱かったかなとは思いましたが。
 あと、劇中でちょっと“浮いた”要素(これはこれで、もしかするとクイーンの某作品への意識があったのかもですが、それを読んだのがだいぶ昔の為、判断できず)をどうするのかな、と思ったらきちっと拾ってきて、一つの道筋を描こうとする、作者の“物語への意識”は割と好きなところ。
 柄刀さんは、上下左右のどちらかにもう少しズレたら“割と好き”ゾーンに入りそうなものの、どうにも“嫌いではない”止まりなのですが、その一因は、探偵役に“匂い”が無いからかもな……とそんな事は思った一作でした。
 字面に引きずられている自覚はありますが、特に「南美希風」は、“通り過ぎる風”の印象が、登場作品がどうにもツボに刺さりきらない理由かも、などと(他のシリーズを読むとまた変わるかもですが)。

●『暗色コメディ』(連城三紀彦
 もう一人の自分が夫と共に居る場面を目撃した主婦、自分を轢き殺した筈のトラックが消滅して自殺に失敗した画家、一週間前に死んだ筈だと妻に告げられた葬儀屋、知らぬ間に妻が別人と入れ替わっていた外科医……4人の男女の奇妙な体験は、いったい何が現実で、何が狂気なのか。交差する幻想の背後には、真犯人の恐るべき狡知が――。
 著者のデビュー長編。


 彼女の混乱した頭の中で、奇妙な立場の逆転が始まったのは、それから二日後だった。
 そう、私が古谷羊子を探していたのではなく、古谷洋子が私を探していたのだ。何のために――?
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 いや事実、トラックは彼にぶつかると同時に消滅してしまったのだ。質量も輪郭もない透明な物体になり、夜に溶けてしまったのである。
 後に彼は、自分の体に異次元が存在すると信じるようになる。自分の体内の四次元がその一台の巨大な車を飲み込んだと――
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 「じゃあどうして生きてるってわかんのよ」
 「そ、それは……俺は息をしてるし、手だって動かせる」
 「それだけ?」
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 この一ヶ月間もう何度も不意に彼に切り込んできた疑惑が、高橋の脳裏に緑色のしみになって広がった。
 ――あの女は由紀子ではない。

 冒頭から、なんだそれは、という不可思議な状況が次々と放り込まれて登場人物たちと同様に足下の揺らぐような心地が続き、色々なものがおかしいが、いったい何が謎の核心なのかわからない系のミステリなのですが、物語を装飾する狂気を面白く読ませる事により、果たしてこの暗色の悪夢はどこへ向かうのか? に引きずり込んでくる筆致が巧み。
 真贋定かならぬ事象と秘密を抱えた登場人物たちが入り乱れる複数視点のテンポも上手くコントロールされており、不条理としか思えぬ出来事の数々に、あくまでミステリの土俵に乗って答を与えていく中で、あちらこちらにミステリのセオリーが差し挟まれて、おお成る程、と思わせるのも上手い作り。
 なにぶん題材が「狂気」なので、それはちょっと都合が良いのでは……という部分があったり、この当時の科学捜査ではわからないのか……? といった要素もあるのですが、犯罪の構造そのものの中に幾分かのエクスキューズを与えつつ、小説としての中核はそれよりも、物語を形作る複雑怪奇な曼荼羅模様の精妙さにあるタイプ。
 世評の高い作家ですが、剛腕、といってもいい構成の妙と語り口の巧さに唸らされ、以前に読んだ短編集の時も書いたように、作者が読者にそう思わせたい事を“信じさせる”技術が、非常に鮮やか。
 難点は、同じく短編集の時に書きましたが、劇中で描かれる男女の関係が好みからすると生臭すぎる事で、それが無ければ、続けて色々と読みたいのですが。