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境界線を駆ける黒豹

ブラックパンサー』感想(ネタバレあり)


 これといった特産品もなく、世界の最貧国の一つに数えられるアフリカの小国・ワカンダ。国連や諸外国からの支援を一切拒み、閉鎖的な気質を持つこの王国には、ある重大な秘密があった……遠い昔、宇宙から飛来した巨大な隕石の落下跡に生まれたこの国は、その地下に膨大なヴィブラニウム鉱脈を保有していたのである。様々な特性を持つヴィブラニウムによる技術開発を進めてきたワカンダは、実は世界最先端のハイテク国家だったのだ。
 父王をテロで失い、新国王として即位したティ・チャラは、30年前に発生したヴィブラニウム強奪事件の犯人を追い、釜山へと飛ぶ。その身に宿るのは王国の守護者、ブラック・パンサーの力! だがそれは、封印された過去の悲劇を揺り起こし、王国を大きな岐路に立たせる事件の幕開けに過ぎなかった……。
 MCU作品『キャプテンアメリカ:シビル・ウォー』で初登場した、ワカンダの黒豹・ブラックパンサーの単体主人公映画。キャプテン・アメリカの魂の盾に用いられている、地上最硬の金属・ヴィブラニウムをがっぽり埋蔵し、惜しげも無く医療技術や建築、通信設備やその他もろもろに用いる事で、諸外国の数年先を行く科学技術を誇るワカンダの守護者は、超人的な身体能力と鉄壁のスーツ、無敵の爪にハイテク装備を併せ持つ、神秘と科学の融合した、漆黒のヒーロー!
 おまけに素顔は知性を気品を併せ持つ王子様!
 ……と、あれ、スペックだけ書き出すと、キャップが勝てそうなところが一つも無いぞ。
 というわけで、主にヴィブラニウム製装備の物量差により、キャップの上位互換というイメージもあるブラックパンサーなのですが(あくまでアメコミ素人の私が最初に抱いたイメージです)、アメリカの象徴たる(MCUキャップはそうでもないけど……)キャプテン・アメリカと、第三世界の祖霊神的背景を持つヒーローであるブラックパンサーが、同じヴィブラニウムで武装している――むしろパンサーの方が進んだ装備を有している――というのは、今作を貫く一つのポイント(その上でカタログ上の性能差を覆してしまうのがMCUキャップのモンスター性でもあるのですが)。
 今作の設定の根幹にあるのは、 欧米の「文明」に対して「未開」とされるアフリカの小国が、実は世界の最先端を行くハイテク国家であった、という皮肉なのですが、同時に、ヴィブラニウムの強大な力を持つが故に、自国の安定を最優先とし、閉鎖的な秘密主義を貫くワカンダの姿は、その国力を「世界の警察官」に向けなかった“もう一つのアメリカ”の姿である、という二層構造にもなっています。
 「文明」とは何かを鏡に写す舞踏と呪術のモチーフや、死と再生の古典的神話構造が全編に繰り返し散りばめられつつ、大きな力は、果たして、誰の為に使われるべきなのか――黒人差別やアフリカ系アメリカ人の葛藤、アフリカの抱える貧困など、時代に沿った現実的な社会問題と腰を据えて向かい合い、それをスピーディなヒーローアクションと融合させ、スーパーヒーローを媒介として、混沌たる世界に切り込む新たな神話を構築していく、という手法はもはや熟練の技。
 主人公ティ・チャラの中でも、個人としての理想と現実、王としての理想と現実がせめぎ合い、MCU作品としては『アイアンマン』や『キャプテン・アメリカ』寄りの路線なのですが、“王になる”物語としては、『マイティ・ソー:バトルロイヤル』と対を成すテーマを持っている、といえるかもしれません。
 話運びの巧さに主人公を取り巻くキャラ造形の魅力、多彩なアクションと目を引くギミックがこれでもかと注ぎ込まれ、根底に流れるテーマ性を皮膚感覚としてわからない部分があるのだろうと感じた上でなお、非常に面白かったです。
 以下、本編内容に最後まで触れる、ネタバレありの感想。
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 『シビル・ウォー』においては、第三の視点として最終的に一つの答に辿り着く“出来のいい”キャラ(背景には帝王学の教育もあり)であったティ・チャラ陛下ですが、冒頭、元カノの前で固まる姿を描く事で、キャラクターとして可愛げを与えつつ、成長途上の若き主人公としての隙を作って受け手のフックにする、というのがまず巧み。
 今作における博士ポジションであるティ・チャラ妹は、MCU全体でも有数ではないかという便利キャラなのですが、兄をからかうませた妹、という役割を与える事で、お互いの鋭さを和らげる効果を生み出しており、お見事。また妹は、釜山での仮想ドライブシーンが非戦闘員のサポートキャラの使い方として鮮やかでした。……とか思っていたら凄く普通にクライマックスバトルに参加して、ヒロイン力、強かったです(笑)
 まあ仮想ドライブそのものが、もう一つのシーンの伏線になるわけで、キャラに隙を作りつつ、話の方は実に隙がありません。
 ワカンダだけが富んでいればそれでいいのか、という疑問を投げかけ、アフリカ諸国の貧困問題に取り込む元カノヒロイン(武闘派)は王子に対して“理想”を示し、一方で王国最強の戦士である親衛隊長は“国家への忠節”を第一とし、王子の抱える矛盾と直面する問題が両サイドのキャラクターによって象徴されるのですが、“国家への忠節”と“世界への理想”に挟まれたその陛下はCIAから、夜な夜な全身タイツの黒豹仮面コスで駆け回る困った王族だと認識されていたのは、今作で最大の衝撃でした(笑)
 これはワカンダの技術力が世界に対して秘密にされている為なのですが、陛下、スパイダーマンと同じカテゴリだったの陛下?!
 釜山において陛下と出会うCIA捜査官エベレット・ロスは、『シビル・ウォー』で登場して陛下と顔見知りだった事から、そういうブラックパンサー評になっていたようですが(例の如く完全に登場を忘れていました)、3割ほどコメディリリーフ的な役割を担当しつつ、悪い人では無いがごく自然にアフリカの小国の王族へ優越感を抱いている、という“白人”の視線の代表者でもあり、そこからの……という如何にもおいしいポジションが実においしく描かれて、大変良かったです。
 30年前、ワカンダからヴィブラニウムを強奪した仇敵を捕らえるも、尋問中に受けた襲撃により元カノをかばったロスが瀕死の重傷を負い、その命を救う為にロスをワカンダに連れて行く決意をした陛下は、反対する親衛隊長にめっちゃ睨まれる。
 「彼の義務は、何があったか国に報告する事。陛下の義務は、国王として国を守る事」
 「自分の義務ならわかってる、隊長。だが放っておけば、彼は死ぬ。救える命を見捨てられない」
 陛下のヒーロー宣言であると同時に、ワカンダの秘密を守る為に(元カノの望む)アフリカ諸国に対する支援は行わないとする方針と、禁を犯しても目の前の知人の命を救おうする姿勢という、人間の感情としては当然だが、神の視点からは王の抱える矛盾が突きつけられてラストまで繋がっていく問題となるのですが、力を持つ者はいったいどこまでそれを用いるべきなのか――己の属する境界線をどこに設定するのか――というのが、今作の大きなテーマといえます。
 当然ここでは、ロスが典型的な白人男性として描かれている事も重要な意味を持っており、事情があるとはいえ「アフリカの黒人」に救いの手を差し伸べないワカンダの王が、「アメリカの白人」を救う為に境界線を飛び越えるならば、守るべき国民とは、家族とは、兄弟とは、どこからどこまでを指すのか――。
 「救える命を見捨てられない」ヒーローは、その手を伸ばす境界線の設定、という重い課題を背負うことになります。
 (本邦ヒーローとしてはやはり、『仮面ライダーオーズ』を思い出すところ)
 興味深いのは、そもそも、巨大な力でどこからどこまでを救えるのか、というヒーローの持つ普遍的な命題は、誰も彼も救う事など出来はしない現実へのメタファーでありアンチテーゼである事ですが、ヒーローコミックに込められたメタファーが、映画用のテーマという事でなしに、ヒーローコミックの中に組み込まれていた形を残したままで、実写映画の中で強烈に現実とリンクするというのは、時にヒーローが戦争に参加し、時にヒーローがドラッグの問題と向き合い、コミックと現実の境界線を常に意識してきたアメリカンコミックの歴史的蓄積を感じるところです。
 親衛隊長の視線を受け流しつつ、捜査官を妹の研究室に預けた陛下は、仇敵を引っ捕らえてくる約束を果たせなかった事で親友からも零下40度の視線を浴び、更に神官から衝撃の事実を知らされる。30年前の強奪事件には、アメリカでスパイ活動をしていた亡き叔父が関与しており、先代ブラックパンサーであった父は自らの弟を誅殺。弟が現地で設けた子供を置き去りにして、“国の為”にそれらの事実全てを、闇に葬り去っていたのだった……!
 そしてその時残された子供、ティ・チャラにとっては従兄弟となる少年が成長した姿こそが、狂気の殺戮者キルモンガー。入念に準備した手土産により、ティ・チャラ親友の心の隙間に忍び込んだキルモンガーは、王位の簒奪に成功。急進的な黒人解放運動に参加していた父の遺志を受け継ぎ、ワカンダの国力を黒人の解放、そして圧制者達への刃にせんと、ワカンダを世界との戦争へ駆り立てていく。
 ワカンダの秘めた危険性が、キルモンガーという炸薬によって破裂し、王国と世界を未曾有の混乱に叩きこもうとする一方、冒頭の親子の語らいが、祖国と世界を思うキルモンガー父と、その息子によるものだった事が判明する、という仕掛けは、ヴィランばかりでなくその父親の心情もドラマチックに掘り下げて、秀逸でした。
 元カノらの尽力で死から再生を果たしたティ・チャラは、精神的な父殺しを果たす事で王としてヒーローとしての自らの道を見出し、“国の為”とは何か、という自分なりの答を手に再起。クライマックスバトルでは、銀のブラックパンサーと金のブラックパンサー(この布石のさりげない仕込みも巧い)が激突する一方で、両派閥の部族同士の衝突(内戦のメタファーと思われる)による集団戦が描かれるのが新機軸ですが、見所は、元カノと妹が戦っている間に一般兵士の集団に袋だたきにされる陛下。
 ……いや陛下スーツ、受けたダメージを蓄積してエネルギーとして解放するレイジ機能付きなので、多分わざとですわざとなのです。
 集団戦プラスアルファの中でそれぞれの見せ場が織り込まれ、大変どうでもいい話として、ジャバリ族という語感のせいで、あの族長が出ている間ずっと、「君は戦いの得意なゴリラのフレンズなんだね」というフレーズが頭に浮かんで困りました!
 CIA捜査官は元空軍パイロットの腕前を披露してワカンダ国外への武器流出の危機を阻止するというMVP級の活躍を見せ、陛下が境界線を越えて救った人物が巡り巡ってワカンダを救う事になる、という要素もしっかりと押さえられています。
 陛下を見限った親友は、切り札のアーマーサイを親衛隊長(彼女)に止められて部族まるごと降伏。サイが飼い主である本人より、彼女の方に懐いているのが切ない(笑)
 ヴィブラニウム鉱山内部のパンサー対決にも決着が付き、致命傷を負ったキルモンガーは美しきワカンダの地、自らのルーツで沈みゆく夕陽を浴びながら果てる事を希望。骨肉の戦いに決着を付け、王の座に戻ったティ・チャラの元、ワカンダは世界に向けて扉を開く、新たな道を目指していく事になるのだった……。
 最終決戦が鉱山の縦穴の中で行われ、2人のパンサーが外に出たところで幕を閉じるのは、今作に散りばめられたモチーフを見るに、“ヴィブラニウムの子宮”からの新たな王と王国の誕生、の意を感じる所。様々な意味づけが縦横無尽に張り巡らされており、細かく分解しているとキリがなくなりそうなので駆け足で進みましたが、いずれ忘れた頃に再見してみたいです。
 最後は劇中で提示した様々な問題に、ヒーロー映画らしい一つの「理想」を示して幕を閉じ、満足の一作でした。……まあこの後、全宇宙最強のゴリラが襲来して大変な事になるようですが、それは次のお楽しみという事で。
 余談:劇中で何度か見られる「ブラックパンサーを讃えよ!」的なポーズ(胸の前で両腕をクロスさせる)への既視感があって仕方なかったのですが、久仁彦さんに『ワンダーウーマン』では、と言われて、物凄く納得。